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江戸川乱歩 「大暗室」

 創元推理文庫の江戸川乱歩シリーズの第13巻「大暗室」です。雑誌「キング」に、1936年から1938年までの二年間に渡って連載された作品だそうです。
 久しぶりに江戸川乱歩さんの作品を読みました。創元推理文庫の江戸川乱歩シリーズは全部で20巻まであり、終わりに少しずつ近付いています。このシリーズの作品順は、特に決まりはないようなのですが、作品の発表された年代順にある程度揃えてあるようです。今回の「大暗室」は、明智小五郎が登場しない長編作品です。 
 それでは以下、江戸川乱歩さんの「大暗室」のあらすじを記載します。ネタバレ注意です。

 客船宮古丸が沈没し、何とか脱出した一隻のボートに3人の男性が乗っています。男爵の有明友定、その友人の大曾根五郎、男性の召使いの久留須左門の3人です。ボートには水も食料もなく、3人は死を待つばかりの状態でした。有明男爵は、妻の京子に宛てた遺言状を大曾根に託します。遺言状には、自分が死んだら大曾根と結婚して幸せに暮らすようにと記されていました。大曾根は有明男爵の遺言を承知しますが、大曾根も生き残れる可能性は限りなく低い状況でした。
 有明男爵は大曾根を大親友だと思っていましたが、大曾根は男爵の金目当てに近付いてきた悪人でした。その後、ボートは陸に近付いていることが分かり、3人は安堵します。しかし大曾根は、持っていた拳銃で久留須を撃ち、久留須はボートから落ちて海へ沈みます。更に大曾根は有明男爵を撃ち殺します。
 5年後。大曾根は有明男爵の妻だった京子と結婚し、有明男爵の財産を引き継いでいました。京子には、有明男爵との間に産まれた子供である友之助と、大曾根との間に産まれた子供である竜次とがいました。ある日、竜次が子犬の目をえぐって血だらけになるという事件が起こります。京子は、子犬の手当てと竜次に付いた血を洗い流すため、友之助をハンモックに残して席を外します。このときに偶然外から帰ってきた大曾根は、ハンモックに1人きりの友之助を抱え、庭の池に放り込んで放置します。その後、何食わぬ顔で大曾根は家に戻り、家では友之助の行方が分からず大騒ぎになっていました。大曾根は、庭の池に落ちたのではと言って使用人達に池の水を抜いて調べさせます。しかし、友之助は発見されませんでした。戸惑う大曾根の前に1人の男が現れます。男は死んだはずの久留須でした。久留須は、海に落ちた後、海賊の船に救われ、その後は海賊に奴隷のように使われていましたが、何とか逃げ出す事に成功し、有明の家に戻って来ました。久留須は、大曾根が友之助を池に投げ込んだのを目撃し、友之助を助け出したと言います。屋敷内の部屋に場所を移し、久留須、京子及び大曾根の3人は話し合いをします。久留須は大曾根が有明男爵を殺したことを京子に話し、これを聞いた京子は竜次を連れて出て行くよう大曾根に要求します。大曾根は、素直に出て行くフリをして久留須及び京子を部屋に閉じ込め、屋敷に火を放って竜次と共に去って行きます。屋敷は火事で燃え落ち、京子は死亡し、久留須は大火傷を負いますが何とか助かります。久留須は、知人に預けていた友之助を迎えに行き、友之助に両親の仇を討てと言います。
 20年後。東京湾で飛行機の競技会が開催され、有村清及び大野木隆一という2人の青年が同時飛行を行う事になります。お互いに知らない事でしたが、有村清の正体は有明友之助であり、大野木隆一の正体は大曾根竜次でした。飛行機の操縦の腕前は僅かに有村が勝っており、大野木の飛行機が有村の飛行機に接触して2機は墜落します。2人はパラシュートで脱出して海に降り、岸まで泳ぎます。岸に上がった2人は、救助隊の到着までの間に語り合います。大野木は悪事の限りを尽くして地上の栄華を極める事を目標にしていると話し、有村はこの世の悪魔を倒す事を目標にしていると話します。正反対の2人は握手をして別れます。
 半月後、浅草の公園を歩いていた老人に1人の男が話し掛けます。老人は百万長者の辻堂作右衛門で、男は殺人を請け負う殺人事務所の事を辻堂老人に話します。殺したい人間がいる辻堂老人は男の話しに興味を持ち、男は辻堂老人を殺人事務所へ連れて行きます。途中、辻堂老人は別の男が運転する車に乗せられ、目隠しをされた状態で殺人事務所まで連れてこられます。
 辻堂老人が通された部屋には、全身を西洋甲冑で覆った所長が待ち構えていました。辻堂老人は、同居している星野清五郎という男に命を狙われており、この男を殺して欲しいと依頼します。しかし殺人事務所の所長は、辻堂老人が嘘を付いていることを指摘します。所長は辻堂老人の本当の目的を語ります。星野は江戸時代の商人が隠した金銀財宝の在処を示す暗号文書を所有しており、辻堂と2人で暗号解読を試みていましたが、やっと暗号を解くことができそうな状況でした。辻堂老人は財宝を一人占めするために、星野を殺したいと考えていました。辻堂老人は所長の指摘を認めます。辻堂老人が認めた事で、所長は甲冑を脱いで正体を明かします。現れたのは若い男、大野木隆一でした。大野木は、辻堂老人に変装して星野を殺害すると言い、目の前で辻堂老人に変装して見せます。大野木の変装は完璧でした。そして大野木は、辻堂老人を捕らえ、財宝を全て自分の物にすると宣言します。
 辻堂老人の家には、星野及びその娘の真弓が同居していました。その日の遅くに辻堂老人が帰宅し、真弓が出迎えます。このとき、庭に不審な人影を見た真弓はとっさに辻堂老人に抱きつきますが、真弓は辻堂老人が老人とは思えないしっかりとした体格である事に気付きます。その夜、書斎を覗いた真弓は、辻堂老人が書斎を荒らしているのを目撃します。翌日、真弓は恋心を抱いている青年、有村に昨夜の出来事を相談します。有村は、辻堂老人は誰かが変装した偽者に違いないと推理し、このような悪事を働く人間に心当たりがあると話し、真弓の父と相談する事を申し出ます。
 翌日、辻堂老人と星野は2人で登山に出掛けます。断崖の上で一休みしたとき、辻堂老人は自分が偽者だと話して正体を現します。大野木は、辻堂老人に星野を殺す事を依頼されたけれど、星野を殺して財宝と真弓とを自分の物にしようと思っていると話します。これを聞いた星野は、何故か笑い出します。星野は、有村が変装した偽者でした。断崖の上で有村と大野木との格闘戦が始まり、有村に投げ飛ばされた大野木は断崖から落ちてしまいます。しかし大野木はかろうじて木に掴まって落下を免れ、有村は大野木を助け上げます。助けられた大野木は、辻堂老人及び星野親子から手を引く事を約束します。有村は大野木を連れて下山し、東京へ戻るために汽車に乗り込みます。汽車がトンネルに入って車内が暗闇に包まれた時、大野木は姿を消し、メッセージが残されていました。それには、本物の星野と真弓とは部下に誘拐させた事や、財宝の在処を示す暗号文書は自分が保持しており、財宝は一人占めする事が記されていました。
 誘拐された真弓は、どこか洞窟のような場所「大暗室」に連れて来られます。そこには辻堂老人及び父親の星野も捕らわれていました。真弓の前に現れた男、大野木は、有村は死んだと真弓に嘘を話します。大野木は自分の花嫁になることを真弓に求めますが、真弓は拒否します。大野木は、大暗室に作られた縦穴の底に真弓を身動き出来ないよう縛り付けて放置します。穴にはネズミがウジャウジャおり、穴の上からは振り子のように揺れながら巨大な刃物が少しずつ降りてきます。巨大な刃物に切り裂かれる寸前に、真弓は、ネズミに縄をかじらせて何とか脱出します。しかし次は、穴の壁が少しずつ迫ってきます。徐々に穴の中央に追い詰められた真弓は、底に井戸のような穴が更にある事に気付きます。その穴はたくさんのネズミ達が出入りしている穴でしたが、真弓はその穴へ飛び込みます。
 有村の元に大野木からの手紙が届きます。手紙には、真弓達を自分の隠れ家である大暗室に監禁していることや、財宝を掘り当てた事などが記され、これを軍資金として東京を悪魔の色に塗り潰すと予告していました。有村を味方する黒衣に覆面の老人、久留須は、この手紙の主が大曾根の息子に違いないと考え、若い頃の大曾根五郎の写真を有村に見せます。若い頃の大曾根は大野木とソックリで、大野木の正体は大曾根の息子の竜次で間違いなさそうです。2人は、大曾根竜次の打倒を決意します。
 東京で財宝の盗難事件、女性の誘拐事件、殺人事件が多発し、現場には必ず渦巻模様が残されていました。そして、歌劇女優の花菱ラン子が舞台上でいつの間にか背中に渦巻模様が描かれるという事件が発生し、次の誘拐のターゲットがラン子であると目されます。ラン子のファンクラブの女性幹部達は、ラン子を守るための計画を練ります。女性幹部の1人が連れてきた美青年を女装させてラン子の影武者を勤めさせる事が決まります。ラン子の劇場への行き帰りを影武者が行い、ラン子は男装して別経路で劇場に向かいます。無事に劇場へ着いたラン子は公演を行い、第一幕を終えますが、幕間に場内アナウンスで不気味な声が流れます。ラン子と同じ舞台に上がる女優の水上鮎子は、舞台裏で仮面に黒ずくめの男に、今夜が危ないから注意するようにとの忠告を受けます。そして第二幕が始まってしばらくすると、場内の電灯が消えて真っ暗闇になり、再び電灯が灯ると、舞台ウエストではラン子が棒立ちになって口から血を流します。そしてまたしても電灯が消え、再び電灯が灯った時には舞台上でラン子は倒れていました。3人の男達が急いで舞台に上がり、ラン子を楽屋へと運びます。劇場を張り込んでいた刑事達も急いで楽屋へ向かいます。刑事達がラン子の楽屋へ入ると、そこには影武者の青年がおり、ラン子を運び込んだ男達は出て行った後でした。刑事達がラン子を調べると、それはラン子にソックリの蝋人形でした。これを楽屋に運び込んだ男達の行方も分かりません。関係者達が楽屋に集まって話し合っていると、仮面に黒ずくめの男が現れます。男は久留須と名乗り、ラン子誘拐の真相を伝えます。ラン子は1回目に電灯が消えたときに舞台の下に連れ去られ、ラン子に化けた偽者と入れ替わり、2回目に電灯が消えたときに蝋人形と入れ替わったとの事です。そして久留須は、この犯行を行った悪人達の首領が楽屋に潜んでいると言い、首領はラン子の影武者を務めた青年、その正体は大曾根竜次であると指摘します。竜次は刑事達に取り押さえられ、連行されて行きます。そのとき、またしても電灯が消え、竜次は逃走します。刑事達が追跡しますが、竜次は劇場の屋根の上へ登り、屋根づたい逃げ去ってしまいます。
 少し前、舞台の下へ拉致されたラン子は、気を失って、竜次の部下の3人の男達によって地下道に用意された木箱の中に詰め込まれます。男達は、木箱を運び出そうとしますが、地下道に警官がやってきます。男達は木箱を置いて身を隠します。警官達はしばらく地下道を歩き回って去って行きます。男達は木箱の元へ戻り、木箱を地上へと運び出します。男達が地上へ出ると、トラックの運転を担当する北村という男が待っていました。男達は木箱をトラックに積み、トラックに乗り込みます。しかし北村は突然に腹痛を訴え、木箱を運んだ男の1人が運転を代わります。
 トラックは川に面した倉庫に到着し、男達は木箱を倉庫へ運び込みます。男達は北村が用意したウイスキーを飲んで一休みします。しばらくすると、大曾根竜次が倉庫へやってきます。しかし北村以外の男達は酒を飲んで眠り込んでいました。竜次は北村と共に木箱の蓋を開けて中を確認します。ラン子がいるはずの木箱の中には、北村が気を失って倒れていました。竜次と共に木箱の蓋を開けた北村は、有村の変装でした。そしてこの倉庫は既に、有村の通報を受けた警官隊が囲んでいました。倉庫内で有村と竜次との格闘戦が始まり、竜次の死に物狂いの一撃を受けて有村は一瞬気を失います。この隙に竜次は、倉庫内の火薬に火を付けて姿を消します。倉庫を調べた有村は床下から川へと抜ける隠し通路を発見します。竜次は川を泳いで逃げ、有村はそれを追います。有村は竜次に追い付きますが、竜次の部下が快速艇で現れ、竜次を乗せて逃げ去ります。
 6つの新聞社に、明智小五郎から渦巻きの賊に関する情報を提供するとの連絡があり、各社の合計6人の記者が指定された西洋館に集まります。しかし、6人の記者の前に現れたのは明智ではなく、渦巻きの賊、即ち大曾根竜次でした。竜次は自分のアジトである「大暗室」に記者達を招待すると言います。記者達に出された紅茶には睡眠薬が入っており、記者達は眠り込んでしまいます。記者達が目を覚ますと、そこは洞窟の中のような暗い場所でした。天使の姿をした女性が現れて、無言で記者達を案内します。大暗室に作られた池には人形がおり、空には天使が飛び、下半身が羊の妖女が歩き、女体の蛇がとぐろを巻くなど、様々な生き物がいました。そして女体で作られた寝台の上に竜次がおり、竜次は誘拐した女性達でこの世界を作り上げたと話します。また竜次は、金の力で雇った多くの者達が働いていると言います。次に竜次は記者達を地獄の門へ連れて行きます。地獄の門の先には様々な拷問器具が用意されており、従わない人間を拷問していました。そこには牢獄もあり、牢獄には辻堂老人及び星野も入れられています。次に竜次は大量の火薬が置かれている場所へ記者達を案内します。そこには「××百貨店」と記載されており、竜次はここがその百貨店の下だと言います。このような場所が他にも八ヶ所あり、スイッチ1つで全ての火薬を爆発させて東京に大きな被害を与える事が出来ると話します。ここが東京の地下だと言うことを信じない記者達に対して、竜次は潜望鏡で地上の様子を覗かせます。記者達は、場所を特定する事は出来ませんが、確かに多くの人々や車が行き交う景色を潜望鏡を通して見る事ができ、作り物や映像ではなく本物の景色だと確信できるものでした。その後、竜次はラン子を10日以内に誘拐してみせると宣言し、記者達を眠らせて地上へ返します。記者達は大暗室の様子を記事にして次の日の新聞に載せます。
 警視庁に仮面に黒ずくめの男、久留須がやってきます。久留須は刑事部長の大矢に仮面を取って素顔を見せ、火事ど焼けただれて髑髏のような素顔を隠すために仮面をかぶっていると説明します。久留須は、大暗室を訪れた記者達に話を聞き、潜望鏡が設置されている場所を突き止めたと話します。潜望鏡は東京のとある屋敷に設置されており、大暗室へ通じる出入り口もこの屋敷にあると考えられました。久留須は屋敷の近くに上げたアドバルーンから屋敷を監視する事を計画しており、警察に協力を要請します。大矢は久留須に協力を約束します。
 アドバルーンでの監視が交代で行われ、久留須及び中村警部が監視を行っていたとき、屋敷の前に大きな木箱を積んだ車が止まり、2人の男が木箱を屋敷の庭にある池のそばに置いて去って行きます。しばらくすると、池が波打ち始め、池の中から大きな鉄の筒がせり上がってきます。そして鉄の筒の蓋が開き、中から現れた男達は木箱を運び込みます。しばらくして鉄の筒は池の中へ沈み、池は元通りに戻ります。「大暗室」の出入口の秘密を知った久留須及び中村警部は、全部で5ヶ所あるはずの出入口の全てを発見すべく、警官隊を総動員して東京の似たような場所を探します。
 大曾根竜次は、予告通りにラン子の誘拐を成功させ、大暗室へ戻ってきます。竜次は、ラン子に人魚の衣装を着せ、人魚達に仲間入りさせるべく池へと連れてきます。池へやってきた竜次は、人魚達の中に見慣れない顔を発見します。それは、いつの間にか人魚達に混じっていた有村でした。有村は、既に人魚達を味方に付けていました。真弓も人魚にされており、有村は真弓との再会を果たしていました。竜次は部下の男達を呼びますが、現れたのは部下達に化けた警官隊でした。大暗室の全ての出入口を発見した有村達は、ラン子誘拐のために竜次が留守にしている間に大暗室を占領し、大暗室の中にいる竜次の部下達と入れ替わっていました。また有村達は、各所に用意された爆薬も水浸しにしていました。敗北を悟った竜次は大暗室の中にある崖を登り、竜次を盲信する6人の女性達が後を追って崖を登ります。崖の上に登った竜次は、短剣を持ち出して6人の女性達を殺し、短剣で自分自身を切り裂いて自殺します。

 以上が、江戸川乱歩さんの「大暗室」の物語です。
 これまでの乱歩作品の総集編のような物語でした。大暗室がパノラマ島と化したときにはウンザリでした。江戸川乱歩作品の人物達はどうしてこんな物を作りたがるのか・・・。乱歩さん自身がパノラマ島を作ってみたかったのでしょうか。美女をはべらせたいのなら、東京の地下に大暗室を作った資金で、悪事など働かなくとも、いくらでも可能なのでは?こんな物を生涯の目標とする悪人の気持ちがサッパリでした。
 一応、主人公は有村だったのでしょうが、骸骨男の久留須の方が目立ってました。有村も久留須に操られていただけで、実は久留須の復讐物語だったのかもしれません。
 明智小五郎が登場しない物語だからかもしれませんが、「大暗室」が映画やドラマになった気配はありません。まぁ、仕方ないですね。

 

江戸川乱歩 「人でなしの恋」

 創元推理文庫の江戸川乱歩シリーズの第12巻「人でなしの恋」は、江戸川乱歩さんの短編が10作品収録された短編集です。収録作品は、「百面相役者」、「一人二役」、「疑惑」、「接吻」、「踊る一寸法師」、「覆面の舞踏者」、「灰神楽」、「モノグラム」、「人でなしの恋」及び「木馬は廻る」です。
 どちらかと言えば、あまり有名ではない作品が集まった短篇集です。有名な作品は、これまでの短篇集で既に出尽くしており、余り物を集めた感がありますが、知らない作品ばかりなので逆に新鮮です。
 それでは以下、江戸川乱歩さんの短篇集「人でなしの恋」に収録された各作品の内容を簡単にまとめます。ネタバレ注意です。

<百面相役者>
 僕は、小学教員をしていた頃、中学時代の先輩Rに誘われて芝居を見に行きます。その芝居は、百面相役者が1人で多数の人物を演じるものでした。僕は、百面相役者の変装技術に驚嘆します。先輩Rは、新聞記者をしており、この百面相役者が新聞社を訪れたときに知り合ったと話します。
 芝居を見終えて帰る途中、先輩Rは見せたいものがあると言って、僕を自宅へ連れて行きます。先輩Rは、一年程前の新聞記事を見せます。記事は、墓を掘り返して死体から首を奪う首泥棒に関するもので、犯人は捕まっていないようでした。先輩Rは、首泥棒の被害者の1人が親戚だと言い、その被害者の写真を僕に見せます。写真の人物は、先ほどの芝居で百面相役者が変装した1人と瓜二つでした。先輩Rは、百面相役者が墓から盗んだ首から「人肉の面」を作って変装に利用しているのではないかといい、秘密を暴いてやると宣言します。
 数日後、百面相役者の件が気になって仕方ない僕は、調査の進捗を聞くために先輩Rを訪ねます。しかし、先輩Rは、親戚の写真と言って見せたものは新聞社で撮影した百面相役者の変装した姿であり、全部が僕を騙すための嘘だったと笑います。

<一人二役>
 僕の知人に遊び人のTという男がいました。Tには美しい妻がおり、Tは妻に浮気させようと考えます。Tは変装して夜中に帰宅し、翌朝に姿を消し、元の姿で帰宅するという行動を繰り返し行います。妻は、この謎の男の事が気になり始め、遂には恋心をこの男に打ち明けます。Tは、自分自身の変装である謎の男に嫉妬すると共に、謎の男として妻に恋心を抱きます。そしてTは、長期間の旅に出ると言って家を留守にし、妻に絶縁状を送り、謎の男として妻の前に戻ってきます。そして2人は一緒に暮らし始めます。
 しばらくして、僕はこの2人に街で出会います。真相を知っている僕は声をかけずに立ち去ろうとしますが、Tは僕を呼び止めます。Tは、妻には初めから変装の事がバレており、逆に妻に騙されていた事を僕に話します。この事件以降、Tの遊び癖はなくなったようでした。

<疑惑>
 私の友人Sの父親が自宅の庭で頭を割られて殺されるという事件が起こります。Sは、暴力を振るう父親が死んだ事を悲しんではいませんでしたが、家族の誰かが父親を殺したのではないかという疑惑を持ち、私に相談してきます。Sの家族は、母親、兄及び妹がいます。そして家族皆がお互いに疑惑の目を向けている状態が続いていました。
 1ヶ月後、私の元を訪れたSは、犯人が自分である事を思い出したと話します。事件から半年程前、Sは庭の松の枝を切り、その時に使った斧を松の木の上に置いてきました。父親は松の木で休んでいることが多く、斧が落下して父親が死ぬ事があるかもしれないと少し考えました。父親の死後に家族が凶器となった斧を隠すなどしたため、Sはその事をすっかり忘れて、思い出す事なく家族を疑い続けていました。家族は、犯人が誰かわからないまま、お互いに家族を庇おうと行動していただけでした。

<接吻>
 新婚の山名宋三は、役所の仕事が終わって急いで家に帰り、妻のお花を驚かそうと、コッソリ家に入ります。宋三が部屋を覗くと、お花は写真に接吻していました。宋三が部屋に入ると、お花は慌てて写真を隠します。
 宋三は、写真が自分の上司である村山課長のものではないかと疑います。お花は、村山課長の遠い親戚で、村山課長の家で世話なっていた事があり、宋三とお花が結婚したのも村山課長の紹介によるものでした。
 夕食後、お花がコッソリと納戸に入ったのを見た宋三は、コッソリと納戸の中を覗きます。お花は、写真をタンスの引き出しに隠していました。その夜、お花が寝た後で宋三は、納戸へ向かい、タンスの引き出しを開けます。予想通り、村山課長が写った写真がありました。
 次の日、宋三は村山課長に辞表を叩きつけ、自宅へ戻ってくると、お花を問い詰めます。しかしお花は、宋三の写真だったと主張します。納戸には似たようなタンスが並んでおり、その中には扉に大きな鏡が張られた洋服ダンスがありました。宋三は洋服ダンスの鏡に映ったお花の姿を見て、お花が写真を隠したタンスを間違って認識したのだとお花は説明し、宋三は辞表まで出してしまった事を後悔します。
 しかし、お花の説明が真実だったのかはわかりません・・・。

<踊る一寸法師>
 曲芸団に所属する緑さんは、子供の胴体に大人の頭という姿の人物で、仲間達に虐げられていました。ある日の舞台成功を祝う打ち上げの席でも、緑さんは笑い物にされます。そして仲間達は、他人の芸を真似て披露する余興を行う事を決め、一番手として緑さんが手品師の手品を披露する事になります。美人玉乗りのお花が手品の助手を務める事になります。お花は舞台上の箱に入り、緑さんは箱に剣を突き刺していきます。そして緑さんは、お花の首を切り落としてテーブルの上に置きます。するとお花の笑い声が起こり、緑さんは首を持って退場します。手品の種を知っている仲間達は拍手喝采しますが、緑さんもお花も姿を見せません。そして曲芸団のテントが燃え上がり、近くの丘の上では子供のような人影がスイカのような丸いもの持って踊っていました。

<覆面の舞踏者>
 私は、友人の井上次郎の誘いで、秘密のクラブに加入します。そのクラブは、月に一度集まって刺激的な遊びをするというものでした。会員は17人です。
 ある時、このクラブの会長である井関が訪問してきます。井関は、次の会で仮面舞踏会を開くから変装してくるようにと私に言い、17人の舞踏の相手をする女性を集めると話します。
 そして仮面舞踏会の当日、変装した会員の17人の男性と、仮面を付けた17人の女性とが集まり、クジで決められた相手と舞踏会を楽しみます。その後、酒宴が開かれてペア同士でお酒を飲みますが、会話は禁じられており、変装した相手が誰なのかは分かりません。しかし私は、相手の女性が知っている人物のように感じられます。そして仮面舞踏会はその後も続き、皆がこれを楽しみます。
 私は、ふと目を覚ますと、見知らぬ部屋で寝ていました。枕元には、昨夜の事は忘れて下さいという、春子からのメッセージが残されていました。舞踏会の相手は、井上の妻の春子でした。酔っ払った私は、春子とは気付かずに手を出してしまいました。私は、後悔しながら家に帰ります。
 家に帰ると、私の妻は病気だと言って部屋に閉じこもっていました。昨夜の事を思い返した私は、計画した井関に文句を言おうと彼の家に向かいます。井関は家におり、他の会員と昨夜の事を話していました。昨夜の仮面舞踏会は、会員達の妻を招待し、それぞれ夫婦がペアになるようクジが仕組まれたものでした。しかし、クジの番号を私が読み違えた事で井上夫婦とペアが入れ替わってしまったようです。井関達はこの事に全く気付いていませんでした。
 真相を知った私は、もう一つの事実に気付きます。井上は誰とペアを組んでいたのか、私の妻が部屋に閉じこもっている理由が何なのかを悟った私は、茫然と立ち尽くします。

<灰神楽>
 庄太郎は、口論の末に、奥村一郎を彼のピストルで射殺してしまいます。場所は奥村の自宅の二階でしたが、家には誰もおらず、近所にも銃声を聞きつけた人はいないようでした。庄太郎が二階から外の様子を見ると、近くの原っぱで球投げをしていた青年達がやってきます。そのうちの1人は、奥村の弟の二郎でした。二郎は、この家の庭に投げ込んでしまった球を探し、これを発見して去って行きます。二郎は、銃声に気付かなかったようでした。庄太郎は、奥村の家をこっそりと出て帰宅します。
 翌日、殺人事件は新聞に掲載されます。庄太郎が外出している間に、刑事が訪れていた事がわかります。警察に目を付けられている事を悟った庄太郎は、ある計画を思い付きます。
 翌日、庄太郎は奥村家を訪れ、二郎に面会します。庄太郎は、殺人事件のあった部屋へ行き、この部屋の火鉢をかき回して中から1つの球を取り出します。庄太郎は、事件のあった時刻に、誰かが球をこの部屋に投げ込み、ピストルをいじっていた一郎に球が当たり、一郎が誤ってピストルを発射して自分を撃ったのではないかという推理を披露します。二郎はこの推理を聞いて青くなり、庄太郎は意気揚々と奥村家を後にします。
 翌日、刑事と二郎が庄太郎を訪ねてきます。二郎は、昨日庄太郎がやって来た時にあの部屋に置いてあった火鉢は、殺人事件のあった日に置いてあった火鉢とは別の物であった事を話します。刑事は、運道具店で庄太郎が球を購入した事を調べあげていました。

<モノグラム>
 栗原一造は、浅草公園で田中三郎という若者に出会います。2人はお互いに相手の顔に見覚えがある気がしましたが、話し合ってもこれまでの人生で接点はなさそうでした。
 数日後、栗原が田中の元を訪ねると、田中は謎が解けたと話します。田中は北川すみ子という女性の弟で、すみ子は栗原が若い頃に恋した女性でした。しかし栗原は、すみ子の同級生だったお園と結婚して今に至っています。田中はすみ子に似ており、このために栗原は田中の顔に見覚えがあると感じたようでした。すみ子は既に病気で亡くなっており、田中は遺品の手鏡に隠された写真を発見していました。それが栗原の若い頃の写真でした。この写真を見ていたため、田中は栗原に見覚えがあったようです。栗原は、すみ子も自分の事が好きだったのだと考え、その手鏡を譲り受けます。
 その後、栗原は自宅に持ち帰った手鏡を妻のお園に見つかってしまいます。しかしお園は、この手鏡は自分が昔使っていたものであり、修学旅行へ行った際に盗まれた事を話します。手鏡に写真を隠していたのもお園でした。お園は、すみ子が盗み癖のある事で有名だったと栗原に話します。

<人でなしの恋>
 19歳の私は、門野という男性の元へ嫁ぐ事になります。門野家は立派な家柄であり、結婚相手の門野は美男子でしたが、家に引きこもっており、女性嫌いの変人と噂されていました。しかし私が嫁いでみると、門野は優しく、私に愛情を注いでくれるため、私は幸せな結婚生活を送る事ができました。
 半年ほどが過ぎた頃、私は門野の愛情が偽りのものだと感じ始めます。門野は、毎夜こっそりと蔵の二階に上がって何かをしているようです。私は門野の後をつけて蔵の一階に入り、二階の様子を窺います。扉には鍵がかけられていたため中の様子を見る事はできませんでしたが、中から男女の会話が漏れ聞こえて来ます。その後、蔵からは門野1人が出てきます。私は相手の女性を見ようと、隠れて待ちますが、女性が現れる事はありませんでした。
 私は、このような事を何度も繰り返しますが、女性が蔵から出て来る事はありませんでした。私は、昼間に蔵の二階を調べましたが、蔵の中に女性がいる場所もなく、抜け穴や隠し通路のようなものもありませんでした。
 ある夜。蔵の二階の様子を窺っていた私は、門野が二階から出て来る直前に鍵をかける音を聞きます。どうやら蔵の二階にある長持の鍵をかける音のようでした。私は鍵を盗み出し、昼間に蔵の二階へ上がって長持の中を調べます。長持の中には、人形が収められていました。私は、門野が人形に恋しており、2人の会話は門野が1人で2人分を話していたもののようです。
 事実を知った私は、この人形をバラバラに壊してしまいます。その夜、いつものように門野は蔵の二階へ上がって行きますが、いつまで待っても門野は戻ってきません。私が蔵に様子を見に行くと、二階の扉は開いており、中で門野が自殺していました。

<木馬は廻る>
 格二郎は、回転木馬が設置された木馬館で音楽隊のラッパを吹いている50代の男です。格二郎は、妻と3人の子供がおりますが、木馬館の切符売りをしている19歳のお冬に恋していました。格二郎もお冬も貧乏で、お冬は新しいショールが欲しいと思っていましたが、自分で買うことはできず、格二郎も買ってあげることはできませんでした。
 あるとき、木馬館にやってきた若い男性客がお冬と楽しそうに会話しているのを格二郎は見かけます。格二郎が2人を遠くから観察していると、男性はお冬の服の後ろのポケットに、コッソリと封筒を入れます。お冬はこれに気付いていませんでしたが、格二郎は恋文に違いないと考えます。その後、格二郎はお冬に近付き、お冬が気付いていない封筒をコッソリと抜き取ります。格二郎は、封筒の中身を確認しますが、恋文ではなく、現金が入っていました。男性客がお冬に恋していると思ったのは格二郎の誤解で、男性客はスリであり、警察に追われてスッた物を処分しただけでした。格二郎は、思わぬ所で現金を手に入れ、お冬にショールを買ってやると言い、仲間達に奢ると宣言し、回転木馬に乗ってはしゃぎます。

 以上が、創元推理文庫の「人でなしの恋」に収録された10個の短編作品です。
 これまでの短編集に収録されなかった作品ばかりを集めた、余り物を集めた短編集でした。確かに、これはちょっと・・・と思う作品もありましたが、ほとんどの作品は十分に面白いものばかりでした。冒頭のインパクトだけで後はグダグダになりがちな江戸川乱歩さんの長編作品と比較して、短編作品はインパクトのある部分だけで構成され、面白さが凝縮されているように感じます。江戸川乱歩さんは、長編よりも短編の方が向いていたのではないかと思えます。
 10作品の中で個人的に気に入ったのは、「踊る一寸法師」と「モノグラム」です。「踊る一寸法師」は、不気味なラストシーンが印象に残りました。「モノグラム」は、ややお笑い要素のあるオチが良かったです。
 あまり有名な作品は収録されていないため、映像化の機会には恵まれていません。唯一、「人でなしの恋」は、1995年に映画化されています。羽田美智子さん及び阿部寛さんが出演された作品のようです。ただ、検索してもVHSのビデオしか見つからず、DVD化はされていないっぽいです。残念です。

 

映画 「双生児」

 映画「双生児」は、1999年9月に公開された日本の映画です。江戸川乱歩さんの「双生児」を原作とし、塚本晋也監督が製作した作品です。
 原作の「双生児」は、短編作品であり、死刑囚が双子の兄を殺して入れ替わったという過去の殺人を告白する内容でした。映画「双生児」は、双子が入れ替わるという基本コンセプトを採用していますが、その他にはあまり原作との共通点はありませんでした。ただし、涸れ井戸が重要な要素となっており、江戸川乱歩さんの雰囲気はありました。
 それでは以下、映画「双生児」のあらすじを記載します。ネタバレ注意です。

 大徳寺雪雄(本木雅弘)は、軍医として戦争に参加して勲章をもらい、今では大徳寺医院の医師として働いています。病院の周辺には、上流階級の人々が住む地域と、貧民窟と呼ばれる貧しい人々が住む地域とが存在し、大徳寺医院は上流階級の人々が主に訪れる病院でした。雪雄は、記憶喪失の女性りん(りょう)と結婚し、大きな屋敷で父の茂文(筒井康隆)、母の美津枝(藤村志保)及び多くの家政婦達と共に暮らしています。
 あるとき、父の茂文が変死します。その後、母の美津枝は屋敷内で脚に大きな痣を持つ男を目撃し、そのショックで死亡します。雪雄は、警察と共に屋敷内を大捜索しますが、怪しいものは発見できません。
 ある嵐の夜。大徳寺医院に貧民窟の女性が伝染病にかかった赤ん坊を連れてやってきます。更に、ほぼ同じタイミングで、怪我をした町長が運び込まれてきます。どちらも命に関わる事態であり、且つ、両方に対処する事は不可能でした。雪雄は、貧民窟の女性を見捨て、町長の手術を行います。その後、雪雄はこの選択をりんに咎められ、喧嘩をしてしまいます。
 雪雄は、1人で庭を散歩しているときに、何者かに襲われます。相手は、雪雄に瓜二つの外観を持つ男でした。男は、雪雄を枯れ井戸に落として閉じ込めます。男は、雪雄になりすまして屋敷に戻り、大徳寺医院を休業にします。
 その後、雪雄として生活し始めた男は、しばしば食料を持って枯れ井戸までやってきて、井戸に食料を投げ入れて雪雄に与えます。男は、りんが記憶喪失というのは嘘で、りんは貧民窟の女であり、そして自分の女であると雪雄に話します。
 この男は、捨吉という貧民窟で育った男であり、脚の不吉な痣が原因で、赤ん坊の頃に捨てられた雪雄の双子の兄弟でした。雪雄の父母によって川に捨てられた捨吉は、貧民窟の住人である角兵衛(麿赤兒)に拾われて育てられ、成長してりんと恋人同士となりました。しかし捨吉は、人殺しをした事がきっかけで角兵衛に本当の子供ではないことを知らされ、りんの前から姿を消しました。
 りんは、捨吉の帰りを待っていましたが、盗みに入った屋敷で人を殺し、屋敷に火を付けて逃げてしまいます。その後、雪雄を見かけたりんは、捨吉が帰って来たと思いますが、別人でした。しかし、雪雄とりんは親しくなり、りんは自分が貧民窟の人間である事を隠して雪雄と結婚しました。
 捨吉は雪雄として振る舞いますが、りんは捨吉が雪雄と入れ替わった事に気付きます。しかし捨吉は、りんに対しても雪雄として振る舞い続け、正体を明かそうとはしませんでした。りんは、捨吉を待たずに雪雄と結婚したことを、捨吉が恨んでいるのだと考えます。
 捨吉は、りんの前から姿を消した後に戻ってきましたが、その時にはりんは雪雄と結婚していました。自分と瓜二つの雪雄がりんと仲むつまじく暮らしているのを見た捨吉は、復讐を決意しました。
 その後も捨吉は定期的に枯れ井戸へ食料を運び、雪雄は枯れ井戸の底でボロボロになりながらも生き続けます。
 あるとき、捨吉が枯れ井戸へやってくると、雪雄の姿がありません。井戸を覗く捨吉に、井戸から脱出した雪雄が襲いかかります。雪雄は、捨吉の首を絞めて殺害します。そして雪雄は、りんの元へ向かいます。りんの元へやってきた雪雄は、ボロボロの姿をしており、貧民窟にいた頃の捨吉のようでした。
 その後、雪雄及びりんは元の生活に戻り、2人の間に子供が産まれます。雪雄は、貧民窟を差別せず、貧民窟への往診を行う医者になっていました。

 以上が、映画「双生児」の物語です。
 江戸川乱歩さんの原作「双生児」とは異なる物語でしたが、江戸川乱歩さんの雰囲気がある映画でした。枯れ井戸の底にいる雪雄を、上から捨吉が眺めている姿なんかが特に。
 映画閉じ込めます面白かったかと問われたら、答えるのはやや難しいです。江戸川乱歩さんのファンであれば、見る価値あると思いますが、そうでなければあまり楽しめないかも。
 この映画は、物語うんぬんよりも、映像の奇抜さを狙って作られているように思えます。出てくる人や、周りの風景などが独特です。果たして、この映画の中の世界は、日本なのかどうか、いつ頃の時代設定なのか、よくわかりません。大徳寺医院や雪雄の父母なんかは明治大正くらいの日本なのですが、それ以外の人々や貧民窟なんかは異国っぽいです。ヒロインであるりんが、変な髪型で、はっきり言って不気味、宇宙人みたいです。このへんは好き嫌いなのかもしれませんが、私はもっと純和風の方が良かったと思います。


江戸川乱歩 「算盤が恋を語る話」

 創元推理文庫の江戸川乱歩シリーズの第11巻「算盤が恋を語る話」は、江戸川乱歩さんの短編が10作品収録された短編集です。収録作品は、「一枚の切符」、「恐ろしき錯誤」、「双生児」、「黒手組」、「日記帳」、「算盤が恋を語る話」、「幽霊」、「盗難」、「指環」及び「夢遊病者の死」です。10作品も収録されているのに、この江戸川乱歩シリーズの中で比較して、それほど分厚い本ではありません。つまり、1つの作品のページ数が少ないです。でも作品がつまらない訳ではありません。江戸川乱歩の短編作品は、アイデアが凝縮されていて面白いです。
 それでは以下、江戸川乱歩さんの「算盤が恋を語る話」に収録された各短編の内容を簡単にまとめます。ネタバレ注意です。

<一枚の切符>
 富田博士の妻が列車に轢かれて死亡します。妻の遺体には遺書が残されており、警察は自殺と判断しますが、名探偵と呼ばれる黒田清太郎刑事が事件の詳しい調査を行います。その結果、遺体解剖で妻は列車に轢かれて死ぬ前に毒殺されていたことが分かります。また富田博士の家は線路の近くにありますが、家から線路まで妻の足跡が残っておらず、重たいものを運んだ何者かの足跡が残っており、この足跡に一致する靴が富田博士の家で発見されます。これらのことから、黒田刑事は富田博士が妻を毒殺して自殺に偽装したと推理します。
 左右田五郎は、富田博士の妻が列車に轢かれた現場に居合わせ、現場で一枚の切符を拾ったことから黒田刑事の推理が誤りであることを確信します。左右田は自分の推理を新聞に投書し、これが新聞に掲載されます。左右田は、一枚の切符が大きな石の下敷きとなっていたこと、更には現場に犬の足跡が残っていたことに気付きました。これらのことから左右田は、妻が富田博士の靴を履いて大きな石を持って線路まで行って足跡を残し、靴を飼い犬に家まで持って帰らせ、毒を飲んでから線路に横たわって自殺したと推理します。即ち富田博士の妻は、富田博士が自殺を装って妻を殺害したかのように現場に証拠を残して、実際には自殺していたという事でした。

 この「一枚の切符」は、江戸川乱歩さんのデビュー作とされる「二銭銅貨」と同時期に作成された作品ですが、雑誌掲載が「二銭銅貨」の方が先だったため、デビュー作とみなされていない作品だそうです。1923年7月に雑誌「新青年」に掲載された作品だそうです。
 自殺と見せかけた他殺を偽装した自殺、というややこしい真相でした。富田博士の妻ももう少し分かり易い偽装にしないと、もし黒田刑事がいなかったら単なる自殺としてあっさり処理されているところです。

<恐ろしき錯誤>
 北川の家が火事になり、北川は子供を抱えて逃げますが、妻の妙子は焼死します。逃げる時間は十分にあり、北川は妙子が何故焼け死んだのか分かりませんでした。北川は友人から火事の際に妙子を見たという証言を得ます。友人によれば、家から逃げ出した妙子に対して、1人の男性が何かを話しかけ、その後に妙子は燃える家の中へ飛び込んでいったとのことでした。北川は、この男性が妙子に子供が家の中に残っていると嘘をついたのだと考え、この男性に対する復讐を決意します。
 その後、北川は知人の野本と対面します。野本は、北川の学生時代からの知り合いで、妙子に好意を抱いていました。学生時代の妙子は人気者で、妙子に好意を抱いている男性は、北川及び野本の他にも数人いました。一時は野本が妙子と結婚すると思われていましたが、北川が妙子と結婚することになり、野本はその後も誰か別の女性と結婚することはありませんでした。北川は、野本が妙子を殺した犯人だと指摘した後、妙子は本当は野本のことが好きであり、野本の写真を収めたペンダントを大切にしていたと話し、このペンダントを野本の前において立ち去ります。野本は、机に突っ伏していました。
 北川は、野本に復讐を果たしたと喜んで帰宅しますが、次の日に自分の失敗に気付きます。妙子が野本のことが好きだったという話や、ペンダントの写真は、復讐のために北川が作り上げた嘘でした。北川は、妙子を殺した犯人は妙子のことが好きだった男性3人のうちの誰かであると考えていましたが、野本だと確証を持っていたわけではありませんでした。このため北川は疑わしい3人の男性に対して同じ話をして反応を見るという作戦を立てて実行し、話しを聞いた野本の反応から彼が犯人だと確信しました。しかし北川は、ペンダントを3つ用意し、それぞれに別の写真を入れていましたが、野本に別の男性の写真を収めたペンダントを渡してしまっていました。その後、野本からペンダントが送り返されてきて、北川は自らの敗北を悟ります。

 この「恐ろしき錯誤」は、「二銭銅貨」及び「一枚の切符」に続いて江戸川乱歩さんが執筆した3番目の作品だそうです。1923年11月に雑誌「新青年」に掲載されました。
 結局事件の真相はよくわからないままに物語は終わってしまいました。野本の逆転勝利だったのか、単に北側が1人で空回りしていただけだったのか、どちらなのでしょう。

<双生児>
 強盗殺人を犯して死刑判決を受けた死刑囚が、誰にも知られていない自分のもう一つの罪を教誨師に打ち明ける物語です。
 死刑囚は、双生児であり、外見が瓜二つの兄がいました。父親が死亡して兄が家督を継ぎ、兄は莫大な遺産を相続しましたが、弟はわずかな金額の遺産を相続しただけでした。弟は、この金を使い果たし、兄から金を貰っていましたが、しまいには断られてしまいます。弟は、外見が瓜二つの兄と入れ替わる計画を立てます。弟は、外国へ行くと周りに告げ、兄を殺害して涸れ井戸に遺体を投げ入れ、井戸を埋めて死体を隠します。弟は、兄として生活を始めますが、だれも入れ替わりに気付くことはありませんでした。
 弟は、兄の日記についた指紋を発見します。指紋は、自分の指紋によく似ていましたが、微妙に異なっており、双子の兄の指紋のようでした。弟は、この指紋のハンコを作ります。この頃には弟は兄の財産を使い果たしており、泥棒を繰り返していました。あるとき、鐘を盗みに入った家で住人に出くわし、弟はこの住人を殺してしまいます。弟は、ハンコを使って兄の指紋を現場に残し、外国へ行って行方が分からなくなっている弟に罪を擦り付けようとします。しかし、弟が兄の指紋だと思っていた指紋は、自分の指紋でした。通常の指紋は指表面の凹凸の凸部の形状ですが、日記に残っていたのは弟の指表面の凹部の形状に相当する指紋でした。このことに警察は気付き、弟は兄として逮捕され、裁判で死刑が確定しました。

 この「双生児」は、1924年10月に雑誌「新青年」に掲載された作品だそうです。江戸川乱歩さんの作品にはしばしば登場する入れ替わりの元祖かもしれません。1999年には映画化されています。

<黒手組>
 世間では「黒手組」と名乗るグループによる犯罪が話題となっていました。黒手組は、金持ちの家族を誘拐して身代金を奪うという犯罪を繰り返していましたが、警察は手掛りを掴めずにいました。
 明智小五郎の友人である私は、伯父が黒手組の被害にあったと聞き、伯父の家を訪れます。伯父は、いくつもの会社の重役を務める金持ちであり、ある宗教の熱心な信者でもありました。伯父の娘の富美子が黒手組に誘拐され、伯父は身代金を支払いました。これまで黒手組は身代金を受け取った次の日には人質を解放してしましたが、四日が経過しても富美子は帰って来ませんでした。私は、この事件を友人の明智に相談します。
 伯父の家にやって来た明智は、叔父に事件のいきさつを聞きます。ある日、富美子が友人の家へ行くといって出かけた後、夜になっても戻らず、次の日に黒手組からの脅迫状が届きました。脅迫状は直接届けられたもののようで消印はなく、毎朝郵便物を確認する書生の牧田が脅迫状に気付いて伯父に渡しました。脅迫状には身代金の受け渡しの日時及び場所が記されており、伯父は密かに牧田を護衛につけて身代金を持って指定された場所へ行きました。牧田は離れた場所に隠れ、伯父が指定された場所で待っていると、黒ずくめの男が現れて身代金を受け取り、去っていきました。その後、犯人からの連絡は途絶えています。明智は事件前の富美子の様子を尋ね、富美子が居なくなった日に手紙が届いていたことを聞きます。明智は、この手紙を預かり、帰っていきます。
 その後、明智は調査に出て姿を消し、私も連絡が取れなくなります。数日後、明智は富美子を連れて伯父の家に帰ってきます。明智は、黒手組と取引して富美子及び身代金を返してもらったと話し、詳しい事情を話すことはできないと言います。それでも伯父は明智に感謝し、祝いの席では明智が紹介する男性と富美子との結婚を認めることを約束します。
 伯父の家を出た明智は、私に事件の真相を話します。富美子にはキリスト教徒の恋人がおり、宗教の違いで結婚を認められなかったため、恋人と駆け落ちしました。富美子に届いた手紙は、恋人からのものであり、駆け落ちのための待ち合わせ場所等の情報が暗号として隠されていました。そして富美子の駆け落ちを知った牧田が、黒手組の誘拐をでっちあげて、身代金を奪っていました。牧田は、好きになった女性と結婚するための資金を必要としていました。これらの真相を知った明智は、真相を伯父に明かさずに富美子を一旦連れ戻し、伯父に富美子の恋人を結婚相手として認めるよう仕向けました。また明智は、伯父から貰った謝礼金を結婚資金にするよう牧田に託しました。

 この「黒手組」は、「D坂の殺人事件」及び「心理試験」に続いて書かれた明智小五郎シリーズの第3番目の作品に相当するようです。1925年3月に雑誌「新青年」に掲載されました。「黒手組」にて語り手となる「私」は、「D坂の殺人事件」に登場した明智の有人と同一人物だそうです。「私」が誰なのかよくわかりませんが、文章を書いて生活している人物のようで、江戸川乱歩さん本人を想定しているのかもしれません。

<日記帳>
 私は、病気で20歳で亡くなった弟の日記帳を発見します。日記帳には弟がある女性と手紙のやり取りを行っていたことが記されており、私は弟がこの女性に好意を抱いていたのではないかと推測します。弟と女性との文通は葉書で行われており、弟は8通の葉書を女性に送り、女性は弟に12通の葉書を送っていました。女性からの葉書は大切に保管されていました。私は、女性からの葉書の内容が恋文のようなものではないことが気になります。私は、弟が葉書を送った日付が不自然なことに気付き、この日付が暗号であることに気付きます。葉書を送った日付の数字をアルファベットに変換すると「I LOVE YOU」となりました。しかし相手の女性はこの暗号に気付いておらず、弟は女性に想いが届かなかったと考えて文通をやめてしまっていました。
 しかし私は、女性からの葉書には切手がななめに貼られている事に気付きます。これは当時、文通相手に好意を伝える切手の貼り方として知られていましたが、弟はこの事を知らなかったようです。こうして、行為を直接伝えることができない臆病な2人の恋が実ることはなく、弟は病気で死んでしまいました。
 弟の恋の秘密を暴いてしまった私は、別の事で動揺します。弟の文通相手の女性である雪枝は、弟が死亡する2ヶ月前に私と婚約した女性でした。

 この「日記帳」は、1925年4月に雑誌「写真報知」に掲載された作品だそうです。
 そんな暗号に女性が気付くわけがないだろと思わず突っ込みたくなるところですが、この作品の一番の見どころは、弟の恋の相手が自分の婚約者だったことが明らかになる点でしょう。雪枝は弟のことが好きだったことが分かってしまい、兄として知らなくていいことを知ってしまった状況です。他人の日記を読んだり、秘密を暴くようなことを興味本位でしてはいけないという教訓ですね。

<算盤が恋を語る話>
 ある会社で会計係を務めている主人公のTは、自分の助手である事務員の女性S子を好きになります。しかしTは、S子に気持ちを伝えることができず、S子が使っている算盤にある数字を残しておきます。この数字は暗号で、仮名に置き換えると「いとしききみ(愛しき君)」となります。S子はこの暗号に気付くことはなく、Tは毎日この数字を算盤に残すことを繰り返していました。
 あるとき、TはS子がこの暗号に気付いたと感じます。Tは、算盤に残す数字を変えて「ヒノヤマ(樋の山)」、「ケフカヘリニ(今日帰りに)」とS子にメッセージを送ります。これは、今日の帰りに樋の山で会おうというメッセージでした。この日、仕事が終わってS子が去った後、TはS子の算盤に別の数字が残されているのに気付きます。この数字を仮名に置き換えると「ゆきます」となります。Tは、S子からの返事に喜んで樋の山へ行きますが、何時間待ってもS子はやって来ませんでした。
 諦めて会社へ戻ったTは、その日の帳簿の最後の数字が、S子の算盤に残された数字と一致することに気付きます。S子が残した数字は仕事で算盤を使った計算結果であり、暗号で「ゆきます」となったのは単なる偶然でした。

 この「算盤が恋を語る話」は、1925年4月に雑誌「写真報知」に掲載された作品だそうです。一つ前の「日記帳」と似たような内容で、掲載された雑誌も同じ、時期も同じです。この雑誌で暗号恋文かなんかの特集を組んだのでしょうか。
 そんな暗号に気付くわけがないだろうという突っ込みは「日記帳」と同じ、ラストがややコメディタッチだったでしょうか。内容はさておき、「算盤が恋を語る話」というタイトルの響きがいいですね。この本のタイトルに選ばれたのもうなずけます。

<幽霊>
 平田は、自分の命を狙っていた辻堂が死んだという知らせを受けます。辻堂の葬式もしっかりと行われたことを確認し、平田はやっと安心して表を出歩くことができるようになります。しかし数日後、辻堂からの手紙が届きます。手紙には、死んで霊となって平田を苦しめるという辻堂の言葉が綴られていました。
 その後、平田は外出する先々で辻堂に似た人物を見かけるようになり、ノイローゼ気味になります。平田は温泉地で療養することになり、ここで1人の青年と知り合います。平田は、この青年にこれまでの事情を話します。
 数日後、平田の前に現れた青年は、幽霊を捕まえたと話します。青年は、辻堂は本当は死んでおらず、死を偽装して平田を脅かしていたことを話します。
 この青年は、明智小五郎でした。

 この「幽霊」は、1925年5月に雑誌「新青年」に掲載された作品であり、明智小五郎が登場するシリーズの第4番目の作品だそうです。明智シリーズと言っても、明智の名前が登場するのは最後の1行で、それまでは謎の青年扱いです。謎の青年も最後の最後に少し登場するだけで、物語の多くの部分は平田が怖がっているだけのシーンでした。
 それまで全く登場なしでラストに明智がいきなり登場して事件を何となく解決してしまう、後の作品にしばしばみられるパターンの原型かもしれません。

<盗難>
 私は、ある宗教団体の施設で世話になっていました。この施設を取り仕切っている主任と知り合いだった縁です。主任は施設の改築費に充てる寄付金を信者から集めますが、この金を夜12時に盗みに来るという予告状が届きます。私が警察にこの事を知らせに行こうとすると、その道すがらで警察官に出会います。この警察官は数日前にも戸籍調査で顔を合わせた人物で、私はこの警察官に事情を説明します。警察官は、予告時間頃に見回りに来てくれると約束します。
 そして夜になり、警察官がやってきます。私、主任及び警察官の3人が金庫の前で話をしているうちに予告の12時を過ぎます。念のために金庫を開けて中を確認すると、寄付金は盗まれてはいませんでした。しかし警察官は寄付金を奪って銃を2人に向け、そのまま逃走します。この警察官は偽物だったようです。私及び主任は、犯人を追いますが見失い、途中で出会った警察官に事情を説明します。警察官は、非常線を張ると言って去っていきますが、その後に犯人は捕まらず、盗まれた寄付金も帰って来ませんでした。しかし主任は、寄付金をもう一度集め、施設の改築は実施できました。
 その後、私は街で犯人の男を発見します。犯人は、非常線を張ると言って去っていった警察官と一緒でした。どうやらこの警察官もグルだったようです。その後、2人は別れますが、私は最初の犯人の後をつけます。犯人は私の尾行に気付き、人気のない場所で私に話しかけてきます。犯人は、盗んだ金が全て偽札だったと話し、証拠として私に数枚の偽札を渡して去って行きます。どうやら主任が金庫の金を偽札にすり替えており、寄付金を自分のものにしていたようです。
 この事実を知った私は、主任の世話になるのを止めて別の仕事に就きます。犯人から渡された偽札は、財布の中にいれていましたが、あるとき妻がこの偽札を使ってしまいます。しかしよく見てみると、犯人から偽札と言って渡されたものは本物のお札でした。私は、結局のところこの事件の真相が分からなくなってしまいますが、犯人から貰ったお金で妻に着物を買うことができました。

 この「盗難」は、1925年5月に雑誌「写真報知」に掲載された作品だそうです。最終的な事件の真相は読者の想像にお任せします、という終わり方でした。
 宗教団体をやや小馬鹿にした内容が見られ、江戸川乱歩さんは宗教を信じていない人だったのだろうと想像できます。

<指環>
 汽車でA及びBが偶然に出会います。この2人は以前にも同じ汽車で出会ったことがあり、2人はその時のことを回想します。
 その日、汽車に乗っていたAの隣に蜜柑の詰まった袋を抱えたBが座り、BはAに蜜柑を勧めました。その後、大勢の人たちがやってきてBを囲み、貴婦人のダイヤの指環を盗んだ疑いをBにかけます。人々はBの身体及び持ち物等を調べますが、ダイヤの指環は発見されませんでした。
 このときにAは、Bが汽車の外へ蜜柑を投げ捨てたことを知っていましたが、誰にも話しませんでした。その後、AはBが投げ捨てた蜜柑を拾いに行きますが、拾った蜜柑から指輪は出てきませんでした。Aは、Bがどこに指環を隠したのか不思議に思っていました。
 Bは、指環をAの煙草入れに隠して身体検査をやり過ごし、その後にAが蜜柑を拾うために改札口を出る際に煙草入れから指輪をスリ取ったことを話します。

 この「指環」は、1925年7月に雑誌「新青年」に掲載された作品だそうです。A及びBのセリフのみで構成されており、落語を聞いているような気分になる作品でした。

<夢遊病者の死>
 彦太郎は幼いころの夢遊病が再発し、勤めていた木綿問屋を辞めて実家に戻ってきます。彦太郎の母は既に死亡しており、実家は父一人でした。彦太郎は、新しい仕事を探しますがなかなか見つからず、夢遊病の事があるために住み込みでの仕事を紹介されましたが断ります。彦太郎は夢遊病のことを父には話しておらず、彦太郎が働かないことが原因で父と彦太郎とは喧嘩が絶えませんでした。
 ある日、彦太郎は父と喧嘩をした後、そのまま眠ります。次の日に彦太郎が目を覚ますと、父は庭に置かれた椅子に座った状態で死亡していました。警察がやってきて調べた結果、彦太郎の父は鈍器で殴られて殺されたことが分かります。
 彦太郎は、自分が寝ている間に夢遊病で父を殴り殺したのではないかと不安になり、警察官の自転車を奪って逃走します。彦太郎は逃げ続け、自転車がパンクした後は走って逃げ続けます。そしてとうとう力尽き、息を引き取ります。
 彦太郎が逃げ続けていた間、事件は別の展開を見せていました。彦太郎の父を殺した犯人が自首していました。犯人は、彦太郎の家の隣に建つ伯爵邸に住む書生でした。この書生は伯爵邸の三階から誤って氷の塊を落としてしまい、それが隣家の庭の椅子に座っていた彦太郎の父にあたって殺してしまったというのが真相でした。
 彦太郎とその父との葬儀が行われましたが、人々は何故に彦太郎が逃げたのかわかりませんでした。

 この「夢遊病者の死」は、1925年7月に雑誌「苦楽」に掲載された作品だそうです。なんだか救いようのない不運な親子の話でした。

 以上が、創元推理文庫の江戸川乱歩シリーズの第11巻「算盤が恋を語る話」に収録された10個の短編作品です。これまで創元推理文庫の「日本探偵小説全集2 江戸川乱歩集」及び「D坂の殺人事件」が短編集であり、江戸川乱歩さんの有名な短編作品はほぼこの2冊に集約されていました。「算盤が恋を語る話」には、上記の2冊に未収録だった短編作品のうち、時代が古いものから順に10作品が選別されて収録されています。このため、あまり有名な作品はありませんでしたが、江戸川乱歩さんの初期作品が集められているため、トリックやどんでん返しを狙った純粋な推理ものが多かったです。
 有名でない作品が多いため、あまり映像化には恵まれていませんが、唯一「双生児」が映画化されています。1999年の映画で、塚本晋也監督の作品だそうで、これは見たいですね。

 

ドラマ 「江戸川乱歩の美女シリーズ(天知茂版)」 第15作 「鏡地獄の美女」

 ドラマ「鏡地獄の美女」は、天知茂さんが明智小五郎を演じた「江戸川乱歩の美女シリーズ」の第15作目であり、1981年4月に放送されました。「鏡地獄の美女」は、江戸川乱歩さんの「影男」を原作とするドラマで、今回の美女役は金沢碧さんです。
 原作の「影男」は、物語のほとんどが影男の視点で描かれ、明智小五郎は最後に少し登場するだけであるため、ほぼ影男が主人公と言える内容でした。ドラマは当然に明智小五郎が主人公でなければならず、原作通りの内容にならない事は明らかです。どのように原作を改変したのか、原作の内容がどの程度残っているのか、が注目ポイントです。
 それでは以下、「江戸川乱歩の美女シリーズ(天知茂版)」第15作「鏡地獄の美女」のあらすじを記載します。ネタバレ注意です。

 明智小五郎(天知茂)は、宝石密輸事件の調査で香港にやってきます。明智は、関係者の1人である速水荘吉(西田健)から話しを聞くため、ゴルフをしていた速水に近付き、速水とゴルフを一緒にプレイします。速水が球を打ったとき、球に仕込まれた爆弾が爆発し、速水は死亡し、明智も重傷を負って入院します。
 速水の妻の美与子(金沢碧)、速水の叔父の毛利幾造(岡田英次)、明智の助手の文代(五十嵐めぐみ)、波越警部(荒井注)が香港へやってきて、明智の病室を訪れます。
 警察の捜査により、密輸の犯人は速水だったと判断されます。速水が死亡したことにより、速水の会社は毛利が引き継ぎます。また速水が会社の資金を無断で使用していた事が発覚し、毛利は約5億円を肩代わりする代わりに、速水の持つ土地及び屋敷を手に入れます。毛利のものとなった屋敷には、毛利と共に妻の駒代(市川靖子)と娘のアキ子(上原ゆかり)とが移り住んできて、美与子は屋敷の一室へと追いやられます。また毛利は、美与子を自分のものにしようと企んでいました。
 毛利の屋敷で宝石の展示会が行われます。美与子はコンパニオンとして展示会に参加します。展示会には、宝石の売買を行っている紺野百合江(中島ゆたか)及び鮎沢影一(原田大二郎)等が招待されています。また明智は、今回の事件には裏があると考え、文代及び小林少年(柏原貴)を使用人として展示会に潜入させます。展示会の途中、美与子が二階の自室で休んでいると、頭部を包帯で覆った男が現れ、美与子の指に指輪をはめて去っていきます。指輪は、死んだ速水荘吉のものでした。その後、美与子の部屋に大勢の人が集まった際に、包帯男は窓の外に姿を現し、一瞬後に姿を消します。二階の窓の外に包帯男がどのようにして現れたのか、そしてどこへ消えたのかは不明です。翌日、美与子は明智の探偵事務所を訪れて、事件の調査を依頼します。
 鮎沢の招待により、毛利幾造、駒代、美与子及び紺野百合江が鮎沢の経営するクラブを訪れます。ここではマジックショーが行われ、駒代、美与子及び百合江の3人が助手として舞台へ上がる事になります。仮面を被ったマジシャンは、3人を使ってマジックを披露しますが、この最中に駒代は殺され、マジシャンは姿を消します。
 警察が事件の捜査を開始し、明智は波越警部と共に毛利邸を訪れます。明智は、屋敷の二階の窓の外に包帯男が現れたトリックを見破ります。そこへ、毛利幾造に復讐するという内容の脅迫状が届きます。差出人は「影男」と名乗っていました。波越警部は、関係者の護衛と犯人解明のために、関係者に刑事の監視を付けます。
 美与子及びアキ子が毛利の会社にやってきます。その後、アキ子は毛利の秘書の篠田(堀光昭)と2人で会社を出て行きます。美与子及びアキ子を監視していた刑事は2人を追います。この2人は恋人同士でした。篠田は、毛利に父親を死に追いやられ、速水に拾われて速水の秘書となりましたが、速水が死んでからは会社を乗っ取った毛利の秘書となっていました。篠田は、毛利幾造を恨んでいますが、娘のアキ子を愛していました。
 毛利幾造は、会社の裏口から美与子を連れて出ると車で別荘へ向かいます。会社の表口を見張っていた刑事はこれを見逃しますが、影男はこれに気付き、2人の後を追います。その頃、明智は紺野及び鮎沢にも影男からの脅迫状が届いたとの相談を受けていました。脅迫状は毛利との取引を止めろという内容でした。そこへ文代からの連絡が入り、毛利及び美与子を警察が見失った事を知らされます。
 別荘に着いた毛利は、美与子に結婚を迫ります。明智及び波越警部は、別荘の存在を知り、車で別荘へ向かっていました。別荘で美与子が風呂に入っていると、影男が現れて美与子を気絶させて連れ去ります。また影男は、毛利も気絶させて連れ去ります。毛利及び美与子が目を覚ますと、2人は別荘の庭に首だけを外へ出した状態で埋められていました。目の前には大鎌を持った影男がおり、影男は毛利を殺そうとします。しかし、明智及び波越警部が間一髪で別荘に到着し、影男は毛利を殺さずに逃走します。
 屋敷へ戻った美与子に、影男から呼び出しのメッセージが残されていました。呼び出された場所は、美与子が速水と結婚式を挙げた教会でした。美与子は、警察の目を盗んで屋敷を出ると、1人で教会へ向かいます。教会には影男が待ち構えていました。影男は、自分が速水荘吉だと話し、顔の包帯を取って、素顔を美与子に見せます。しかし影男の顔は焼けただれており、本当に荘吉なのかははっきりしません。影男は、毛利が密輸の罪をなすりつけて自分を殺したと話し、復讐のため毛利一家の殺害に手を貸すよう美与子に要求します。美与子は、協力する代わりに、アキ子は見逃すよう要求します。その後、美与子は教会に駆け付けた明智及び波越警部に保護され、影男は荘吉だったと話します。
 明智は、事件の裏に隠された謎を解くため、速水が殺された香港へ調査に向かいます。明智は、速水が死んだときにゴルフのキャディーをしていた男を探しますが、見つかりません。明智が一旦ホテルへ戻ると、仕事で香港へ来ていた百合江に会います。百合江は明智の調査に同行します。調査の途中でレストランへ行くために2人はタクシーに乗りますが、タクシーの運転手は別の場所へ2人を連れて行き、銃を向けます。2人が連れてこられたのは港であり、そこには探していたキャディーの男と複数の仲間達とが待ち構えていました。百合江は、逃げようと走り出し、銃で撃たれて死亡します。明智は一隻の船の中で縛り付けられ、男達は爆薬を仕掛けて去っていきます。そして船は爆発します。明智の死亡が日本で新聞記事となって報じられます。
 毛利邸では、美与子が影男に協力し、内部事情を影男に漏らしていました。毛利の会社に鮎沢がやってきて、店を改装したからと毛利及び美与子を招待します。毛利及び鮎沢が話しをしていると、篠田及びアキ子がやってきて結婚を許して欲しいと毛利に頼みます。毛利は2人の結婚を認めず、2人は出て行きます。その後、篠田及びアキ子は、車に乗ろうとしたところで影男に襲われ、気を失います。
 毛利及び美与子は、鮎沢の招待を受けて、改装された店を訪れます。鮎沢は、周囲を鏡で囲まれた特別室へと2人を案内します。毛利が鏡の部屋を堪能していると、部屋には誰もいなくなり、そして仮面を付けた女性が現れます。女性は美与子でした。そして美与子と共に影男が現れ、影男は毛利が殺し屋を雇って速水を殺させたと指摘します。影男は、頭部の包帯をほどいて毛利に素顔を見せ、毛利を捕まえてテーブルに拘束します。影男が壁のスイッチを押すと、電動ノコギリがテーブルに向かって少しずつ進んで行きます。また影男が別のスイッチを押すと隠し部屋の扉が開き、篠田及びアキ子が捕らわれていました。美与子はアキ子に手出ししない約束だと抗議しますが、影男は取り合いません。影男は、ワインを2つのグラスに注いで美与子と乾杯し、残りのワインを拘束された毛利に無理矢理飲ませます。
 電動ノコギリは毛利へと近付いて行きますが、途中で動きを止めます。影男が戸惑っていると、もう1人の影男が現れます。2人の影男は、共に顔を負傷しており、瓜二つです。後から出てきた影男は、先の影男が速水荘吉ではなく、荘吉の弟だと指摘します。先の影男が変装を解くと、現れたのは鮎沢影一でした。そして後の影男が変装を解くと、現れたのは明智でした。明智は、毛利が雇った殺し屋に殺されかけましたが、船が爆発する寸前に海へ脱出していました。
 そして美与子は、教会で影男に会ったときに、影男が荘吉ではないことに気付いていました。しかし、荘吉を殺した毛利に復讐するため、影男に協力していました。この事を話した美与子は、急に苦しみ始めます。そして鮎沢及び毛利も苦しみ始めます。美与子は、ワインに予め毒を入れており、この毒が効き始めたようです。そして明智の前で3人は死亡します。

 以上が、「江戸川乱歩の美女シリーズ(天知茂版)」第15作「鏡地獄の美女」の物語です。
 原作通りにドラマ化出来ない事は分かってはいましたが、原作の要素がほとんどない「影男」でした。かろうじて、美与子と毛利が庭に首だけ出た状態で生き埋めにされるシーンが原作から取り入れてありました。あとは、犯人が自ら「影男」と名乗っているくらいでしょうか。原作では地下に作られた広大なパノラマ館が、ドラマでは単なる鏡張りの部屋になっていたのが残念でした。
 ただ、原作の事を忘れてドラマを見れば、「鏡地獄の美女」は、江戸川乱歩の美女シリーズのお約束を押さえつつ、なかなか良く出来た展開で、そこそこ面白かったと思います。江戸川乱歩の美女シリーズの中では個人的に上位の作品でした。