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殊能将之 「キラキラコウモリ」

 殊能将之さんの「キラキラコウモリ」は、アンソロジー集「9の扉」に収録された短編作品です。「9の扉」は、9人の作家の作品を集めた短編集で、2009年7月に単行本が発売され、2013年11月に文庫化されています。
 「9の扉」は、作家さんが次のお題を指定し、次の作家さんが出されたお題に従って作品を作るという、少し変わった趣向のリレー形式のアンソロジー集です。
 殊能将之さんは、リレーの三人目で、二人目の法月綸太郎さんが出したお題「コウモリ」を受けて、この「キラキラコウモリ」という作品を生み出しました。約20ページの超短編ですが、既にお亡くなりになっている殊能将之さんの、恐らくは最後の作品だと思われます。
 それでは以下、殊能将之さんの「キラキラコウモリ」のあらすじを記載します。ネタバレ注意です。

 ミツキは、ゴスロリのファッションにコウモリのカチューシャをしたマドカと2人で、ヤマネという人物を待っていました。場所は、ショッピングモールの向かいにあるカフェのテラス席です。しかし2人は、ファーストフード店で買った物を持ち込んでいたのを見つかり、店から追い出されます。
 待ち合わせ場所を追い出された2人は、道端でヤマネを待ちます。ヤマネは、2人のボスであるハトQという人物から与えられた仕事の依頼人であり、2人はヤマネの顔を知りません。また2人は、ハトQともメールでのやり取りを行うのみであるため、ハトQがどのような人物なのかも知りません。インターネット上の「ハトQの何でも相談」というサイトには、相談者達が苦しみを綴ったメッセージが溢れています。
 カフェの前をウロウロしている男性を見つけてマドカが声をかけると、この男がヤマネでした。ヤマネは、2人を自宅へ連れて行きます。
 その後、ヤマネの自宅で仕事を終えた2人は、以外と簡単だったと話しながら帰路につきます。マドカは、もっとおもしろいことないかなー、とぼやきます。

 以上が、殊能将之さんの「キラキラコウモリ」の物語です。超短編作品なので、あらすじにまとめるのが逆に難しいです。この作品は、物語的に何か面白い事が起こる訳ではなく、2人の会話を楽しむ作品だと思います。なので、上記のあらすじには全くその面白さが現れていません。
 2人の仕事がどのようなものだったかは、作品中で全く描かれていません。恐らくは、ヤマネの自殺を2人が手助けしたという事のようです。
 物語としては短すぎるため、特に面白いとか面白くないとか感じる暇もなく、サラッと読み終えてしまいました。もう新作の長編作品が読めないと思うと、寂しい限りです。
 ちなみに、リレーの次の作家さんは鳥飼否宇さんです。殊能将之さんは、鳥飼さんへ「芸人」というお題を出しています。「キラキラコウモリ」はサラッと終わってしまう物語ですが、後続の作家さん達が「キラキラコウモリ」で描かれた物語の一部分を利用した作品を作り上げています。正にリレーとなる作品群の先頭を「キラキラコウモリ」が務めており、このアンソロジー集の中で重要な作品になっています。


殊能将之 「キマイラの新しい城」

 殊能将之さんの「キマイラの新しい城」は、2004年8月に講談社ノベルズから発売され、2007年8月に文庫化された作品です。探偵の石動戯作が活躍するシリーズの5番目の作品であり、最後の作品です。そして、殊能将之さんの最後の長編作品でもあります。
 殊能将之さんの作品には、過去の事件と現在の事件とが絡み合って謎を深めるパターンがあります。「キマイラの新しい城」もこのパターンなのですが、過去の事件は750年前の密室殺人事件という、このパターンの究極形と言っても過言ではない物語になっています。
 それでは以下、「キマイラの新しい城」の物語を、ネタバレは避けて、途中まで記載します。

 750年前。フランスの一地方の領主の長男として生まれたエドガー・ランペールは、武術に優れ、稲妻卿と呼ばれていました。エドガーは、第7回十字軍に参加し、帰国後にシメール城を建てました。
 現在。不動産会社社長の江里陸夫は、フランスで廃墟として放置されていたシメール城の再建を思い立ち、城の残骸を日本に運んで千葉県で再建し、再建した城を中心にテーマパークを作りました。しかし、シメール城にはエドガーの幽霊が取り付いており、エドガーの幽霊は江里に取り付いてしまいます。
 江里に取り付いたエドガーは、テーマパーク内のシメール城で生活し始め、会社の重役達は困惑します。エドガーは、自分はシメール城で誰かに殺されたと主張し、犯人を探し出して欲しいと言います。常務の大海永久は、石動戯作に事件解決を依頼します。
 殺人事件の捜査と聞いた石動は、喜んでテーマパークへとやってきますが、大海に事情を聞いてボケた老社長のお守りが仕事かとガッカリします。石動及び助手のアントニオは、テーマパークのツアーに参加し、事件現場であるシメール城を見学した後、エドガーに話を聞く事になります。
 その頃、エドガーは、社長秘書の飯留勲にコッソリと連れられ、黒木というガラの悪い男に会います。黒木は、江里が幽霊に取り付かれたフリをしていると思っており、明日の2時に六本木ヒルズで会長が待っているから会いに来るよう命令します。
 その後、エドガーは魔術師として石動を紹介され、自分が殺された当時の状況を石動に話します。エドガーが十字軍から故郷に戻ると弟が家督を継いで領主になっていました。これはエドガーが死んだという誤報が伝わったためでした。エドガーは領主を弟に任せ、シメール城を建てて隠遁する事にします。シメール城が完成した後、領主の本城に保管されていたエドガーの愛剣が盗まれる事件が発生します。この事件を心配したエドガーの知人達がシメール城にやってきます。エドガーの母、弟、弟の妻、護衛の騎士、妻の父でもある隣国の領主、領主の護衛の騎士、司祭、修道院長、修道士の9人です。これら9人と話をした後、エドガーはシメール城の塔に1人でこもり、瞑想していました。すると突然、エ
ドガーは背中から盗まれた愛剣で貫かれ、死亡します。エドガーの話を聞き終えた石動に、常務の大海は夕方までに犯人を突き止めるよう言います。
 そして夕方。エドガーの他にも重役達が集まる中、石動は被害者の証言だけで推理するのは難しいと話し、当時の状況を再現する事を提案します。重役達も巻き込んで、シメール城で事件の再現が行われます。エドガーの母を江里の妻のこずえ、弟を秘書の飯留、弟の妻をテーマパークで働く派遣社員の西森ルミ、護衛の騎士を大海常務の息子の四郎、隣国の領主を常務の大海、領主の護衛の騎士をアントニオ、司祭を明神孝利部長、修道院長を若林蘭三専務、修道士を金瀬鈴夫部長が演じます。再現が終わり、石動は関係者全員が共謀してエドガーを殺害したと推理しますが、どうやら正解ではなさそうでした。
 その後、集まった人々は解散となり、シメール城から引き上げて行きます。飯留及び大海はそれぞれエドガーに内密の話があると言い、まず大海がエドガーと話し、飯留はシメール城の寝室でエドガーを待つ事になります。大海と話し終えたエドガーが寝室に入ると、中で飯留が殺されていました。
 自分が疑われると考えたエドガーは、シメール城から逃げ出し、テーマパークの外へ出ます。夜の山道を歩くエドガーに、バイクに乗った若者・望月景紀が声をかけます。黒木との約束を思い出したエドガーは六本木ヒルズに行く事にし、望月はバイクでエドガーを自宅へ連れて行って一泊させ、次の日に六本木ヒルズへ送る事にします。
 次の日、望月に送ってもらって六本木ヒルズへやってきたエドガーは、待ちかまえていた黒木に連れられて、会長に会います。会長とは、暴力団の親分でした。江里は何か暴力団と悪事を計画していたようですが、エドガーにはわかりません。会長は、話の通じないエドガーに痺れを切らし、部下にエドガーを取り押さえさせようとします。そこへ、異常を感じた望月が助けに現れます。エドガーと望月は、六本木ヒルズ内で暴力団との死闘を演じた後、バイクで六本木ヒルズから逃走します。エドガーは、石動の探偵事務所に向かうよう望月に頼みます。
 殺人事件の重要参考人として警察が探している江里が自分の事務所に現れ、石動は困惑します。エドガーは、飯留を殺していないと石動に話し、飯留を殺した犯人を探して欲しいと頼みます。困り果てた石動は、名探偵の水城優臣に助けを求めます。

 物語の途中ですが、あらすじはこの辺りまでにしておきます。この後は、水城のアドバイスで石動が飯留を殺した犯人と、過去にエドガーを殺した犯人とを指摘する謎解き編が続きます。上記のあらすじには謎を解くためのヒントが全て含まれている訳ではないので、是非とも実際に本を読んでから謎解き編を読んでみて下さい。
 「キマイラの新しい城」は、推理小説としての面白さは普通レベルです。むしろ、過去の人物が現代にやってくるSFやファンタジーのような小説としての面白さの方が強いです。エドガーが六本木ヒルズでエレベーターに乗り、人間が引っ張り上げているのだろうと想像するシーンは、映画のテルマエ・ロマエを思い出しました。
 名探偵石動が活躍するシリーズは、これが最後の作品です。殊能将之さんの長編作品もこれが最後です。これは、殊能将之さんが2013年に亡くなってしまったからです。49歳だったそうです。早過ぎますね。もっと石動シリーズを読みたかったです。まだ読んでいない殊能さんの作品に、アンソロジーに収録された短編があるようなので、これは読もうと思っています。殊能さんの死後に、未発売作品集のようなものが出版されていますが、これは読むべきか悩む所です。

 

殊能将之 「子供の王様」

 殊能将之さんの「子供の王様」は、2003年7月に講談社ミステリーランドのレーベルから発売されました。講談社ミステリーランドは、多数の推理作家が子供向けのミステリーを執筆したシリーズです。その後、「子供の王様」は、2016年1月に文庫化されています。
 子供向けという事で、それほど長い作品ではなく、文庫本は文字サイズが大きめで、ページ数は少なく、薄っぺらいです。分量としては「樒/榁」と同程度ではないかと思います。物語の主人公は小学生で、物語の舞台も1つの団地の敷地内にほぼ収まっています。
 なお、殊能将之さんの作品に共通して登場する探偵役の石動戯作は、この物語には登場しません。このキャラクターは子供向きではないですからね。
 それでは以下、殊能将之さんの「子供の王様」の物語のあらすじを記載します。ネタバレ注意です。

 小学生のショウタは、母のサオリと二人暮らしです。ショウタが住むカエデが丘団地には1号館から18号館までの建物があり、ショウタの家は12号館の303号室です。ショウタには、学校を欠席して自宅にこもっている友達、トモヤがいます。トモヤも母のアキコと二人暮らしで、17号館の508号室に住んでいます。ショウタは、トモヤと母の苗字が異なっていることを不思議に思っていました。
 トモヤは自分が作った話をショウタに聞かせるのが好きでした。あるとき、トモヤは「子供の王様」の話をショウタにします。子供の王様は、子供の国を治める王様で、子供を捕まえて召使いにするといいます。子供の王様は、茶髪の長髪で、よれよれのトレーナー及びジーンズを着て、無精ひげを生やしているそうです。
 次の日、ショウタは、登校途中の道路で、電柱の影に隠れて様子を伺う長髪の男を目撃します。そして下校のときにもショウタは男を目し、その男はトモヤの話した子供の王様の特徴を備えていました。ショウタは、トモヤに子供の王様がいたと話します。するとトモヤは悲鳴をあげて暴れ出し、母が薬を飲ませてやっと落ち着きます。ショウタは、子供の王様がトモヤの作り話ではなく、本当にいるのだと悟ります。子供の王様の次の狙いがトモヤだと考えたショウタは、トモヤを守るために団地内にとある仕掛けを施します。
 次の日、ショウタが友人と公園で遊んでいると、子供の王様が団地の外へと走り去る姿を目撃します。その後、団地内にパトカーと救急車がやってきます。7号館の508号室に強盗が入るという事件が起こっていました。これは、ショウタが行った仕掛けに引っかかった子供の王様が起こした事件でした。
 その後、ショウタは、夜に窓から双眼鏡で団地の監視を始めます。監視を始めて三日目の夜、仕事から帰ってきたトモヤの母が男と話しをしているのを見つけます。相手の男は、子供の王様でした。ショウタは部屋を出ると2人の近くに忍び寄り、2人の会話を聞きます。子供の王様はやり直そうと言い、トモヤの母は断ります。子供の王様は、トモヤの母に殴る蹴るの暴力を加え、倒れたトモヤの母から部屋の鍵を奪おうとしています。ショウタは急いでトモヤの家へ向かいます。
 トモヤの家に着いたショウタは、トモヤを家から逃がし、警察に電話します。その間に子供の王様はトモヤの家までやってきます。ショウタは、トモヤの服を着てトモヤに化け、窓を開けます。ショウタは、持っていた自転車のチェーンロックで窓の手すりと自分の身体とをしっかり結びつけます。部屋に入った子供の王様は、部屋の中の物を破壊しながら、ショウタに近付いてきます。子供の王様は、トモヤだと思っていた子供が別人とわかり動揺します。ショウタは、子供の王様にしがみつくと、窓から飛び出します。子供の王様は五階から地面に落ちて死亡し、ショウタはチェーンロックで落下を免れます。ショウタはチェーンロックを外してトモヤの家から外へ出て、トモヤ及びその母と合流します。警察
がやってきて子供の王様の死体を発見しますが、酒に酔って転落した事故死と判断されます。
 その後、トモヤは引っ越す事になりますが、ショウタは見送りに行きませんでした。トモヤは、子供の王様を殺したのがショウタだと気付いているようでした。そしてショウタは、虐待されていてもトモヤは子供の王様の事が好きだったのだと気付きます。

 以上が殊能将之さんの「子供の王様」の物語です。
 子供向けというわりには、結構シビアな内容でした。子供の王様はトモヤの父親で、トモヤを虐待していたため母子で父親から逃げていた、という設定のようですね。そして父親は母子の住処を見つけてトモヤを連れ去ろうとしたようです。
 大人なら事情を察する事ができるけれど、子供であるショウタには事情がわからず、暴力を振るう大人が理解不能の敵と見えるのでしょう。
 ミステリーとしてあまり謎解きの要素があまりなく、子供の期待を裏切りそうな気もします。子供はミステリーといえば、コナンのような犯人当てを期待するのではないかと思います。物語の中盤で、ショウタが子供の王様を騙すある仕掛けを施すのですが、これは子供受けしそうな内容でした。図解しないと説明が難しいので、どんな仕掛けか気になる方は、実際に本を確認してみて下さい。

 

殊能将之 「樒/榁」

 殊能将之さんの「樒/榁」は、2002年6月に講談社ノベルスから発売された作品です。殊能将之さんの5番目の作品であり、探偵「石動戯作」が登場するシリーズの第4弾です。そして、講談社ノベルス創刊20周年記念に企画された「密室本」の一冊でもあります。
 その後、「樒/榁」は2005年6月に文庫化される事になりますが、講談社文庫の「鏡の中は日曜日」に収録されての文庫化でした。文庫化された「樒/榁」のページ数は約150ページで、確かに文庫一冊にするには少ないでしょうか。
 「樒/榁」は、過去の物語である「樒」と、現在の物語である「榁」とに分かれています。「樒」は作家鮎井の未発表作品「天狗の斧」で、名探偵水城の物語です。「榁」は、同じ場所を舞台とする石動が主人公の物語で、「天狗の斧」から16年後の物語です。この物語構造は、「鏡の中は日曜日」と同じですね。「榁」の物語は、時系列的に「鏡の中は日曜日」の物語のすぐ後のようです。また「榁」の中では「鏡の中は日曜日」の秘密に少し触れる部分も有ります。なので、「樒/榁」を「鏡の中は日曜日」と一冊にまとめて文庫化は、適切な判断でしょう。
 それでは以下、殊能将之さんの「樒/榁」のあらすじを記載します。ネタバレ注意です。

<樒>
 推理作家の鮎井郁介の死後、未発表作品「天狗の斧」が見つかり、発表されます。
 名探偵の水城優臣と助手の鮎井は、以前の事件で知り合った高見綾子に誘われ、彼女の実家が経営する温泉旅館を訪れます。そこは香川県の飯七温泉という場所で、旅行客のほとんどいない寂れた温泉でした。
 水城及び鮎井が飯七駅に着いて喫茶店で休憩していると、シュンちゃん及びジロちゃんと呼び合う2人の青年の会話が聞こえてきます。2人は、天狗塚で宮司が天狗を見たという噂話をしていました。水城が店を出たジロちゃんに声をかけると、ジロちゃんは宿泊先である高見旅館の従業員で、平山次郎という名前でした。次郎はあまり天狗について語りたがりません。水城及び鮎井は、次郎に案内されて高見旅館に到着し、綾子と再会します。
 高見旅館には、水城及び鮎井の他に、3人の客が宿泊していました。不動産会社社長の愛宕豊彦及び専務の橋倉浩一の二人組と、大野原という男性一人客です。愛宕及び橋倉は、天狗塚の裏山にゴルフ場を建設しようと考えています。愛宕は、誰かから妙な手紙を受け取った事で気が立っていました。
 高見旅館は各部屋に骨董品が飾られています。鮎井の部屋には煙草に関係する骨董品が、水城の部屋には馬に関係する骨董品が飾られていました。また、高見旅館の露天風呂からは天狗塚を見ることができます。天狗塚の近くには神社があり、天狗が落としたとされる「天狗の斧」が保管されています。
 次の日、水城及び鮎井は、天狗塚と神社を訪れます。水城は、神社の宮司から天狗塚で天狗を見たという話を聞きます。水城及び鮎井は天狗の斧を見せてもらおうとし、宮司は天狗の斧を厨子から取り出そうとしますが、厨子の中から天狗の斧は消え去っていました。
 その日の夜、水城及び鮎井が旅館のフロントで綾子と話していると、橋倉がやってきて愛宕の部屋のマスターキーを貸して欲しいと言います。愛宕の部屋から何度呼んでも応答がなく、部屋には鍵がかかっているとの事です。マスターキーを持った綾子及び橋倉と共に、水城及び鮎井は愛宕の部屋へ向かいます。マスターキーで鍵をあけますが、扉には内側から閂がかかっており、扉は開きません。扉の横にある小窓も内側から鍵がかかっています。橋倉、鮎井及び次郎が体当たりして扉を破壊します。部屋の中ではベッドに横たわった愛宕のこめかみに天狗の斧が刺さっており、愛宕は死亡していました。部屋の窓には内側から鍵がかけられており、完全な密室です。テーブルには、天狗塚に手を触れる者にはた
たりがあるだろう、という脅迫の手紙が残されていました。
 その後の警察の調査により、手紙には愛宕及び橋倉の指紋のみが検出されたこと、愛宕は死亡当時に睡眠薬を飲んで寝ていたこと、大野原が愛宕にゴルフ場建設をやめるよう言っていたことなどがわかります。警察は大野原を疑っているようです。
 水城は、手紙を書いたのは橋倉であると指摘します。橋倉は、会社の資金繰りが苦しく、ゴルフ場建設という博打のような計画を止めさせたいと考えていました。経営難のストレスで眠れなくなった愛宕は睡眠薬を常用しており、橋倉は愛宕が睡眠薬で自殺したのではないかと疑って慌ててマスターキーを取りに来たようです。
 また水城は、天狗の斧の正体が縄文時代の石器ではないかと指摘します。考古学者だった大野原は、この推測を肯定し、天狗塚が縄文時代の遺跡である可能性があるためゴルフ場建設を待つように愛宕に話していました。水城は、この時に天狗の斧が貴重なものであると愛宕に話したのではないかと大野原に尋ね、大野原は肯定します。
 大野原の話を聞いた水城は、天狗の斧を神社から盗んだのは愛宕であると推理します。お金に困っていた愛宕は、大野原から貴重なものであると聞いて天狗の斧を盗み出しました。愛宕の部屋は武器の骨董品が飾られた部屋で、盗んだ天狗の斧を隠すために、愛宕は斧を他の武器と一緒に壁に掛けて飾っておきました。その後、愛宕は睡眠薬を飲んで眠ります。そして事件と勘違いした人々が扉を破壊するために体当たりした衝撃で飾られていた斧が落ち、越智大祐斧が愛宕を直撃しました。これが水城の推理した事件の真相でした。
 事件が解決し、水城及び鮎井は帰路につきます。駅まで荷物を運んでくれた次郎に、水城は宮司が見た天狗塚の天狗の正体は次郎とその友人だと指摘します。次郎と友人のシュンちゃんは、天狗塚の上から双眼鏡で旅館の露天風呂を覗いていたのでした。

<榁>
 石動戯作は、高校時代に香川県の飯七温泉にある親戚の家で、受験勉強のために一時期を過ごした事がありました。石動は、友人の次郎の誘いで16年振りに飯七温泉を訪れます。次郎は、石動のことを、彼の俳号の春泥からシュンちゃんと呼んでいます。16年振りの飯七温泉は、観光客で賑わっており、石動は戸惑います。飯七温泉は、大野原孫太郎という考古学者により天狗塚が縄文遺跡であることが発見され、これを利用した村おこしが成功して人気の観光地となっていました。
 飯七駅で石動を出迎えた次郎は、綾子と結婚して旅館の主人になっていました。高見旅館も新たに新館が建てられて繁盛しています。石動は、旧館の部屋、馬に関する骨董品が飾られた部屋に泊まる事になります。この日、旅館の旧館には、大野原とその教え子である中条光男とが宿泊していました。石動は、大野原が中年男と言い争っているのを目撃します。中年男は、天狗塚が縄文遺跡でるという大野原の発見にケチを付けているようでした。
 その夜、石動及び次郎が話をしていると、中条がやってきて大野原の部屋のマスターキーを貸して欲しいと言います。中条は、部屋に鍵がかかっているのに大野原からの応答がないと言います。マスターキーを持った綾子と中条が大野原の部屋へ向かい、石動及び次郎もついていきます。マスターキーで扉の鍵をあけますが、扉は内側から閂がかかっており開きません。中条は扉に体当たりしようとしますが、16年前の事件を思い出した綾子が中条を止めます。綾子は、消火器で扉の近くの小窓を破壊し、小窓から手を入れて閂を外します。扉は開きましたが、部屋には誰もいませんでした。部屋の窓には内側から鍵がかかっていました。大野原の部屋は、沢山の壺が飾られた部屋で、破壊された小窓の近くに飾
られていた壺が欠けていました。その後、外で飲んでいた大野原が帰ってきます。扉の閂は大野原がかけたものではありませんでした。
 石動は、この密室を作り出したのは中条だと推理します。大野原の部屋の壺を傷付けてしまった中条は、密室を作り出して小窓を割らせ、このときに壺が欠けたように思わせる事で、壺の弁償から免れようと考えました。扉の閂は部屋の外から小窓を通してかけたものであり、実は小窓には鍵がかかっていませんでした。16年前の事件を知る綾子は、当然に小窓も鍵がかかっていると思い込み、鍵を確認することなく小窓を割ってしまいました。中条は石動の推理を認めて謝罪します。

 以上が殊能将之さんの「樒/榁」の物語です。
 密室本シリーズの一作品でもあるため、「樒」も「榁」も密室を扱った作品でした。「樒」と「榁」とを単体で見れば、それほど大した密室トリックではありませんが、過去と現在とで全く同じ状況の密室が作り出され、そのトリックは異なっているというのは、面白いアイデアだと思います。複数の作家が競い合う密室本シリーズの中で、他の作家との差別化を狙った殊能さんのアイデアだったのでしょう。
 そしてこの作品は、石動シリーズの一作品でもあります。石動シリーズファンには嬉しい要素、特に「鏡の中は日曜日」を読んだ人が思わずニヤリとする要素が散りばめられています。短くても石動シリーズには欠かせない一作品になっています。
 「鏡の中は日曜日」と「樒/榁」との2作品が収録された文庫版「鏡の中は日曜日」は、一冊で二度楽しめるお買い得な文庫本でした。

 

殊能将之 「鏡の中は日曜日」

 殊能将之さんの「鏡の中は日曜日」は、2001年12月に講談社ノベルスから発売され、2005年6月に文庫化された作品です。殊能将之さんの4番目の作品であり、探偵「石動戯作」が登場するシリーズの第3弾です。
 余談ですが、石動シリーズが続いているということは、前作「黒い仏」の物語の裏で繰り広げられていた魔物と人間との戦いは人間の勝利に終わったということですね。一安心です。
 殊能将之さんの第1作「ハサミ男」は傑作でした。第2作「美濃牛」はあまり印象に残らない普通な作品でした。第3作「黒い仏」はトンデモな作品でした。今のところ、「ハサミ男」以外はイマイチというところで、そろそろ当たりに巡り会いたい気持ちで読み始めました。そして「鏡の中は日曜日」は、念願の当たり作品でした。
 それでは以下、殊能将之さんの「鏡の中は日曜日」のあらすじを記載します。この作品を最後までネタバレしてしまうのは惜しいので、あらすじは途中までとさせて頂きます。

<第1章 鏡の中は日曜日>
 第1章は、アルツハイマーで子供のようになってしまった「ぼく」の視点で描かれる物語です。ぼくは、面倒を見てくれている女性「ユキ」とお父さんとの3人暮らしで、週に一度だけヘルパーの女性がやってきます。ぼくの脳裏には時々ですが昔の出来事、梵貝荘で起きた殺人事件での出来事が思い浮かびます。
 ヘルパーさんが来てユキが外出したある日、ぼくの家に見知らぬ男性が訪ねてきます。男性はユキ宛てに書類の入った封筒を置いて帰って行きます。ぼくが封筒の中を見てみると、「石動戯作」という探偵の名刺と、14年前の梵貝荘事件の再調査を石動が行うため、関係者に話を伺いたい旨が記載された書類が入っていました。
 しばらくして、見知らぬ男性がやってきて、ユキと梵貝荘事件について話しています。ぼくは別の部屋に追いやられますが、見知らぬ男性は帰り際にぼくの様子を見にきます。
 またしばらくして、見知らぬ男性がやってきます。男性はユキと言い争いを始めます。ぼくは、花瓶を振り上げて男性を殴り、殺してしまいます。警察でぼくは、ユキを守ろうとして石動を殺したと証言します。しかし、ぼくはすぐに人を殺した事も忘れてしまいます。ぼくは責任能力を問われず、釈放されます。
 その後、ぼくは徐々に病状が悪化して衰弱し、とうとう最後の時を迎えます。このとき突然にぼくは全てを鮮明に思い出します。ぼくは石動を殺した事を後悔しませんでした。

<第2章 夢の中は眠っている>
 第2章は、14年前の梵貝荘事件と、現在の石動戯作による梵貝荘事件の再調査の様子とが交互に描かれます。ややこしいので、あらすじはある程度まとめて記載します。
 現在。石動戯作に「梵貝荘殺人事件」の再調査の依頼がきます。依頼人は殿田良武という小出版社の人間でした。「梵貝荘殺人事件」は、推理作家の鮎井郁介の作品で、名探偵の水城優臣を主人公とするシリーズの最後の作品とされていましたが、雑誌連載の途中で中断し、書籍化されていませんでした。鮎井の作品は実際に起きた事件を小説化したもので、水城は実在の人物であり、「梵貝荘殺人事件」も実際に起こった事件でした。水城シリーズのファンだった石動は、この依頼を引き受けて、「梵貝荘殺人事件」の再調査を開始します。
 小説の「梵貝荘殺人事件」によれば、この事件は14年前に、仏文学者の瑞門龍司郎の館「梵貝荘」で起こっています。当時、梵貝荘には龍司郎を当主とし、息子の篤典及び誠伸と、秘書の倉多辰則とが住んでいました。龍司郎の妻の円と、娘の詠子とは、既に死亡しています。龍司郎は、「火曜会」という仏文学について語り合う会合を定期的に開いています。今回の火曜会に参加するため、大学助教授の藤寺青吉と、その教え子の古田川智子及び中谷浩彦と、智子のボーイフレンドの田嶋民輔と、文芸評論家の柴沼修志と、俳優の河村涼とが梵貝荘に集まっていました。更に遅れて、弁護士の野波慶人が名探偵の水城優臣及び助手の鮎井郁介を連れてやってきます。
 その夜、悲鳴が聞こえ、梵貝荘の各部屋で眠っていた人々は叩き起こされます。梵貝荘には二階のテラスから中庭へ降りる階段があり、この階段の下に野波が倒れていました。野波はナイフで刺されて死亡しており、何故か周囲には一万円札が散らばっていました。
 事件にフランス語が関係していると考えた水城は、誠伸にフランス語を教えてもらい、犯人を推理します。水城が推理した犯人は、倉多でした。倉多は犯行を認めます。事件は解決し、梵貝荘から人々が立ち去って行きます。
 小説の「梵貝荘殺人事件」の連載はここまでで終了しています。事件は解決しているのに、何故に物語が完結とはならず、書籍として出版されていないのかわかりません。また、何故にこの物語が名探偵水城の最後の事件とされているのかも不明でした。小説を何度も読み返した石動は、物語に違和感を覚えます。石動は事件の再調査を開始し、事件の関係者を順番に回って話を聞きます。
 現在の梵貝荘には、瑞門篤典とその妻の有紀子とアルツハイマー症でボケてしまった龍司郎とが住んでいます。再調査の過程で石動は梵貝荘を訪れますが、篤典及び有紀子は不在でヘルパーの女性と龍司郎が留守番をしていました。石動は自分の名刺と再調査への協力の依頼書とをヘルパーさんに託して帰ります。
 石動の探偵事務所に鮎井郁介がやってきます。鮎井は、再調査の事を知り、石動のもとへやってきました。鮎井は、水城の推理が間違っているという暴露本の出版を殿田が企んでおり、名探偵水城の名声を汚す行為だと批判し、再調査の中止を石動に要求します。石動は、殿田に確認すると答えます。その後、石動は殿田に会いに行き、殿田の考えを聞きます。殿田は、倉多が犯人という水城の推理は間違っており、この事件は冤罪の可能性があると主張します。殿田は、鮎井も水城の推理が間違っていると知っているから、「梵貝荘殺人事件」を出版せずに未完としているのではないかと考えています。
 石動は再び梵貝荘を訪れ、篤典及び有紀子の話を聞くことができます。石動は龍司郎にも会いますが、ボケてしまった龍司郎に話しかける事はできませんでした。
 その後も調査を続けた石動は、自分の推理をまとめ、最後の確認のために梵貝荘を訪れます。

<第3章 口は真実を語る>
 石動探偵事務所に電話がかかってきます。電話に出たアントニオは、「大将が殺された?」と大声を上げます。・・・。

 物語の途中ですが、ネタバレになってしまうのであらすじはここまでとさせて頂きます。第3章では物語が二転三転し、予想出来ない驚きの結末が待っています。是非とも読んでみて下さい。
 この作品は、殺人事件の犯人を当てることよりも、作者が仕掛けた叙述トリックを見破ることに重きが置かれた作品だと思います。第1章は、あからさまに叙述トリックを仕掛けてますという内容でしたからね。叙述トリックが好きな人には超オススメの作品です。