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小畑健 「All You Need Is Kill」

 小畑健さんの漫画「All You Need Is Kill」は、桜坂洋さんの小説「All You Need Is Kill」を漫画化したもので、2014年に全2巻の単行本が発売されています。
 小畑健さんと言えば「DEATH NOTE」及び「バクマン。」等の有名人気作品を数多く手掛けている人気漫画家です。小畑健さんが漫画化を担当しているということが、「All You Need Is Kill」という作品の人気の高さを表しているのではないかと思います。

 小畑健さんの漫画「All You Need Is Kill」の物語は、原作である桜坂洋さんの小説「All You Need Is Kill」の物語を忠実に再現しています。ループ0回目の戦闘が回想として少し後に描かれているという差異はある物の、本当に忠実に再現しています。こんなに原作を忠実に漫画化した作品はこれまでに見たことがありません。たいていは、原作からシーンを省いたり、原作にはなかったシーンを付け加えたりするものだと思うのですが。
 このため、漫画「All You Need Is Kill」を読んでも特に新鮮味はありません。小説の復習をしたような気分になります。もちろん、戦闘シーンなどを視覚的に楽しめるという点で、漫画版を読む価値はあると思います。

 漫画版を読んでいて、一つだけ原作とはイメージが違うと感じた点があります。それは、ギタイのデザインです。原作の小説によればギタイの外観は、カエルの溺死体が立ち上がったような姿と記載されています。樽に四本の手足と1本の尻尾を付けたような、とも記載されています。
 これに対して漫画版のギタイの外観は、球形の本体に大きな口が開き、本体から無数の刺状の突起が飛び出した姿をしています。例えるならウニのような姿でしょうか。ファンタジーRPGでいえばビホルダーのような姿です。

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 そう言えば、映画版のギタイは、金属製のクラゲというような外観でした。
 どれがいいかは好みの問題な気がしますが、私としてはカエルの溺死体が立ち上がったようなギタイを見てみたかったです。




三浦建太郎 「ギガントマキア」

 「ギガントマキア」は、2014年7月に発売された三浦建太郎さんの作品です。
 三浦建太郎さんと言えば「ベルセルク」です。「ベルセルク」は1989年から漫画の連載が開始され、何度かアニメ化されていたりもしますが、現在でも完結に至っていない作品です。「ベルセルク」は、私の中では「ファイブスター物語」と並んで完結しないと思ている作品であり、それでも何となく惰性で新刊が出ると読んでいる作品です。
 「ベルセルク」の最新の単行本が2013年3月に発売され、その後は途絶えているという状況で「ギガントマキア」が発売されました。そのためか、ネット上では批判的な意見が結構見られました。「ギガントマキア」の発売当初は特に読む必要もないだろうと思い、スルーしてました。最近になってブックオフで低価格で販売していたので読んでみることにしました。

 「ギガントマキア」は、遥か未来の地球の物語です。文明が滅びるほどの大厄災が何度も起こった後の荒廃した地球が舞台となります。荒廃した地球で砂漠を旅する男:泥労守(デロス)と少女:風炉芽(ブロメ)が、とある砂漠の村で敵と間違って捕らわれるも和解し、この村を滅ぼすために攻めてきた帝国の軍隊及び巨人を撃退して去っていく、というありがちなストーリーです。北斗の拳のパターンですね。”巨人”と言うキーワードも、進撃の巨人が2009年から連載されていることを考えれば二番煎じの感は否めません。

 ですが、面白くなかったかと言うと、そんなことはありませんでした。王道のストーリー展開だけに安心して読むことができます。また三浦建太郎さんの絵柄及び世界観が独特で、読んでいる間は二番煎じ感は全くなく、面白く読むことができました。
 ただし、ものすごく面白かったかと言うと、そうでもなく。可もなく不可もなくというのが正直なところです。「ベルセルク」の肯定的なファンであれば、読んでみる価値はあると思います。
 できれば、「ベルセルク」のファンに対するプレゼントとして、「ギガントマキア」の物語中に「ベルセルク」の物語とのつながりを臭わせるような演出があってもよかったのではないかと。例えば、ゴッドハンドの一人が物語の最後で一瞬でも顔を出すとか、グリフィス又はガッツの物語が伝説として語り継がれているとか。「ベルセルク」のファンとしてはそう思いました。

 しかしながら、「ギガントマキア」とここ最近の「ベルセルク」とを比較してみると…、「ギガントマキア」の方が断然面白かったです。最近の「ベルセルク」は物語が行き詰ってて作者が苦しみながら描いているような印象を受けます。「ギガントマキア」は、作者が描きたい物語を描きたいように描いたという印象を受けました。
 「ギガントマキア」のデロス及びブロメは、「ベルセルク」のガッツ及びシールケのペアを思い起こさせます。最近の「ベルセルク」ではガッツ及びシールケのペアが活躍している場面が多いように感じられ、恐らく作者のお気に入りのキャラなのだと思います。「ベルセルク」でガッツ及びシールケを描いているときに、この二人を主人公にした別の物語を作者が描きたくなり、そして出来上がったのが「ギガントマキア」なのではないでしょうか。
 「ギガントマキア」を読んで思ったのは、もうそろそろ「ベルセルク」は多少無理やりにでも終わらせて、三浦建太郎さんは新しい作品を描いた方がいいのではないか、ということでした。ガッツたちをさっさと妖精の国に到着させて、妖精の力でガッツをパワーアップさせて、さあグリフィス達を倒しに行くぞエイエイオー…「ベルセルク」完、てな感じでもいいのではないかと。三浦建太郎さんには、「ベルセルク」を超える新しい作品を作り出してほしいです。

 「ギガントマキア」の物語は、まだまだ続けることは可能な終わり方でした。でも単行本には特に”1巻”のような巻数は記載されておらず、この1冊で終わりのようです。まあ、この物語も続けていっても「ベルセルク」と同様に完結できない物語になってしまいそうなので、三浦建太郎さんには「ベルセルク」でも「ギガントマキア」でもない新しい作品を描いてほしいです。




永野護 [ファイブスター物語」 第13巻  噂通りの大変革!!

 「ファイブスター物語」は、1986年から雑誌「NEWTYPE」に連載されている永野護さんの漫画作品です。1987年に第1巻が発売され、2006年に第12巻が発売された後、連載が停止した状態が長く続いていました。
 連載停止期間中、作者の永野護さんは、映画「花の詩女」の製作に打ち込んでおり、この映画が2012年11月に公開されます。これにより永野護さんは「ファイブスター物語」の執筆を再開し、2013年5月に雑誌での連載が再開されます。
 ところが連載が再開されてみると、物語中の用語の大幅な変更、ロボットのデザインの大幅な変更が行われるなどの大変革が行われており、ネット上で賛否両論…というかほぼ否定的な意見が飛び交っていました。
 このため連載再開された雑誌を立ち読みすることもなく、新しい単行本の発売を待っていたのですが、2015年8月にとうとう第13巻が発売されました。9年ぶりの最新巻の発売です。待ちに待った…ではあるのですが、ネットでの評判を見ると読むのがためらわれ…迷ったのですがやっぱり読んでみることにしました。

 で、一読してみたのですが、噂通りの大変革が行われていました。やはり一番違和感があったのは、ロボットのデザイン変更でしょうか。例えるなら、ガンダムのアニメを毎週見ていて、先週までロボットはガンダムだったのに、今週からロボットが突然エヴァンゲリオンに変更され、でもストーリーはガンダムの続き、という感じです。
 新デザインのロボットとしては、”黒騎士”が最初に登場します。連載再開時に何の予備知識もなくこのロボットをみた読者は、さぞ驚いたことと想像します。全くと言っていいほど面影も残っていませんから。以前と同じところは色が黒いことくらいでしょう。新デザインがかっこよくなっているのなら、恐らくこれほど批判されることはなかったのでしょうが、どう見てもかっこ悪くなっているような。見慣れていないせいでしょうか?
 また新デザインのロボット達は、敵も味方もみんな外観が似ていて区別がつきにくいように思います。またガンダムに例えるなら、出てくるロボットが全部ジムになってしまい、A国はジム、B国はジム改、C国はジムクゥエル、といったような感じです。これも見慣れていないからでしょうか?

 もう一つの大きな変更点は、名称変更です。例えばロボットは以前MH(モーターヘッド)と呼ばれていましたが、これがGTM(ゴティックメード)に変更されています。しかも各ロボットの名前まで変更されています。例えば、○○ミラージュは○○ブリンガーに変更され、ナイトオブゴールドはマグナパレスに変更され、ジュノーンはジ・エンドレスに変更されています。今までにも、ジュノーンがエンゲージに名称変更される(ただしこれは別名であって、ジュノーンの名前が完全に消えてしまったわけではなかったと思います)など、細かい名称変更は有りましたが、今回は一斉に全部のロボット名が変更されています。
 上記のように、ロボットのデザインが変更され、そして名称まで変更されています。はっきり言って、何が何やらよくわかりません。新旧の対応表を巻末にでもつけてほしいところです。

 これらの大変革が批判されているのも納得できます。あのかっこよかったナイトオブゴールド、LEDミラージュ、ジュノーン…がもう見られないと思うと残念でなりません。

 しかしながら、このような大変革が行われたとはいえ、永野護さんが「ファイブスター物語」の続きを描いてくれたことに対しては、素直にありがとうと言いたいです。
 恐らく、作者の永野護さんが今描きたいロボットはMHではなくGTMなのでしょう。永野護さんとしては、「花の詩女」と「ファイブスター物語」とを全く別の作品とし、「ファイブスター物語」を切り捨てて「花の詩女」の漫画を描くという選択もできたと思われます。もしこの選択がなされていた場合、「ファイブスター物語」の続きはもう描かれないか、更に10年後ということになっていたと思います。
 永野護さんが描きたいもの描くという目的と、「ファイブスター物語」を続けるという目的とを両立させようとした結果が、今回の大変革なのでしょう。

 それに、登場人物の名前や外観などには大きな変更はありません。GTMが登場する場面では確かに違和感が有りますが、GTMが登場しない人物だけの場面は間違いなく「ファイブスター物語」でした。9年間止まっていた物語が少しでも先に進んだことについては、評価してもよいのではないかと思います。

 まだ一読しただけであるため、物語の内容は全然把握していません。9年振りであること、及び、用語変更が多いことで、物語を理解するのが難しいです。数巻前から読み直して、13巻を更に数回読まないと物語の全容を把握するのは難しいでしょう。
 ただそれでも、読んでいるだけで何となく物語が進んだような気がしますし、「ファイブスター物語」が帰って来たという実感は湧きました。

 なお13巻の物語では、「花の詩女」の物語が完全に「ファイブスター物語」の中に含まれるものとして扱われています。巻末の年表にもしっかりと「花の詩女」の事件が記載されています。13巻の物語は、「花の詩女」を前提として構成されています。恐らく、永野護さんは映画「花の詩女」を見ていることを前提として「ファイブスター物語」の続きを描き始めたのでしょう。このため、「花の詩女」を見ずに「ファイブスター物語」の13巻を読んでいると、例えるなら1巻飛ばして続きものの漫画を読んでしまったような違和感があります。「花の詩女」は「ファイブスター物語」の第12.5巻と考えて、先に見ておく方がよいのでしょう。
 ところが、「花の詩女」はDVD,BD化されておらず、その予定もないそうです。この映画が公開されたのは2012年ですから、2015年の現時点で映画館で上映されているわけもありません。つまり「花の詩女」を見ることはもうできないということです。何とかならないものでしょうか…。「花の詩女ゴティックメードワールドガイド」という書籍が出ているので、これを見てみるという手もありますが、2000円以上するんですよね…。